吉本隆明の死後、多くの論客が自らの吉本から受けた影響について回想している。中には私よりもずっと若い人までいたりして、「ほほう、こんな人まで」と少なからず驚いた。驚いたのには理由があって、私自身は吉本隆明から殆ど何の影響も受けていないからだ。
いや、ここは正確に白状しておこう。私には彼の書く日本語が全く理解出来なかったのである。
最初に読んだのは栗本慎一郎との対談『相対幻論』だったか。私が中三のときに出た本で、読んだのは高校に入ってすぐの頃だと思う。当時『構造と力』と並んで、少しばかり話題になっていたかと記憶する。これは対談だから口語体だし、一応はちゃんと読めた。まあ『構造と力』が読めなさ過ぎた、というのもあるが、内容的にも割と面白かった。しかし、その後の高校生活で何故か私は吉本隆明にハマることなく、栗本慎一郎の著作を片っ端から読むことになる(*1)。対談の中では、どちらかというと栗本の方が押され気味で、吉本は冷静に正論を語っていたのだが、私としては、むしろ吉本に既成アカデミズムの権威性のようなものを感じてしまったのかもしれない。
次は大学生の時の『共同幻想論』。まあ有名だし、何となく<基本文献>ということになっていたので、やっぱり読んどくか、みたいな感じだ。角川文庫で出ていた「増補改訂版」の帯には「分かりやすくなって再登場」とか何とか書いてあったが、私には全く分からなかった。途中からは、ただただ苦行のように文字列を目で追い、機械的にページを捲っていただけのような気がする。
そして最後に、いつ読んだのか覚えていないが『マス・イメージ論』。これも全然分からなかった。何が言いたいのか判然とせず、むしろ、何も言っていないに等しいのではないか、というのが漠然とした私の印象だった。
早いもので『共同幻想論』を読んでから20年以上が経つ。その間に私が賢くなったという可能性は残念ながら甚だ低く、従って、今読んでもやはり分からないのだろうなあと思う。
*1 まだ栗本が発狂する前で、『反文学論』あたりまでは結構スリリングなものを書いていたのだ。
2012年04月24日
2012年04月15日
行進
何と言うことであろうか、民主党大本営の発表によれば、大飯原発は「おおむね安全」なのだそうだ。何を置いても再稼働ありきという「政治判断」の痴呆ぶりは目を覆うばかりだ。福島第一の事故が現在も進行中であり、対策どころか原因の究明すら途上なのである。大丈夫とかいう前に、せめて同程度の事故を想定した避難訓練でもやってみたらどうか。炉心が溶融し、圧力容器に穴が空き、格納容器も多分ダメという状況で、一体どれだけの範囲の住民が避難しなければならないのか、どうやって避難するのか、そもそも避難が可能なのか。そんなことすらチェックせずに、「地元の合意」など得られる筈が無いではないか。しかも「地元」の意味する範囲は、あの事故によって劇的に変容したのである。
「おおむね安全」に何の根拠も無いことは子供が考えたって分かることで、実際に殆どの日本人は分かっているのだと思う。にもかかわらず、マスコミをはじめとする世論の反応は驚くほどに鈍く、何となく、ずるずると、私たちの社会は原発とともに生きる日常へと回帰しつつある。このまま解散総選挙にでもなれば、もはや原発の是非は争点にならない可能性すら高い。
この「何となく、ずるずる」こそ、日本人が破滅へと向かう時のパターンなのか。
「おおむね安全」に何の根拠も無いことは子供が考えたって分かることで、実際に殆どの日本人は分かっているのだと思う。にもかかわらず、マスコミをはじめとする世論の反応は驚くほどに鈍く、何となく、ずるずると、私たちの社会は原発とともに生きる日常へと回帰しつつある。このまま解散総選挙にでもなれば、もはや原発の是非は争点にならない可能性すら高い。
この「何となく、ずるずる」こそ、日本人が破滅へと向かう時のパターンなのか。
2012年04月06日
雑念の堆積
「チャンネル北国」がいよいよ終了するらしいと、さる毒物中毒者のブログで聞き及んだ。かくいう私も2009年の秋まで5年ほど使っていたブログサービスである。
あまりに粗雑な運営ぶりに呆れ果てて「脱北」した身ではあるが「古巣」が無くなるというのは、ほんの少しだけ寂しい。もっとも、ブログユーザーが呆れて出て行くほど運営が粗雑というのは、要するに経営センスが無かったのだろう。私が出て行く時にも「いずれ長くは保つまい」と感じた。
「チャンネル北国」に書いた記事も、全てここ「seesaa」に移してあるので、向こうが終了するにあたって私がすることは特に無い。『移転のお知らせ』以外の全記事を消して放置してある北国版非国民研究開発がweb上から消えるだけだ。
記事の引っ越しは結構大変だった。seesaaではアラビア文字を表記出来ないので仕方なく書き直した記事もあるし、都合三日三晩ほども掛かったであろうか。引っ越しのドサクサで散逸してしまった写真もある。顧みれば、さしたる考えも無く書き散らした雑念を後生大事に背負い込んで移動するさまは、仏陀の教えを学ぶ者として些か恥ずかしくはある。さればこそ凡夫なりしか。
背負い込むことで過去の発言に責任を持ち、多少なりとも思慮深くなったのかと言えば、そうでもない。読み返すと、あちこちで矛盾したことを平気で書いている。やはり小人である。
あまりに粗雑な運営ぶりに呆れ果てて「脱北」した身ではあるが「古巣」が無くなるというのは、ほんの少しだけ寂しい。もっとも、ブログユーザーが呆れて出て行くほど運営が粗雑というのは、要するに経営センスが無かったのだろう。私が出て行く時にも「いずれ長くは保つまい」と感じた。
「チャンネル北国」に書いた記事も、全てここ「seesaa」に移してあるので、向こうが終了するにあたって私がすることは特に無い。『移転のお知らせ』以外の全記事を消して放置してある北国版非国民研究開発がweb上から消えるだけだ。
記事の引っ越しは結構大変だった。seesaaではアラビア文字を表記出来ないので仕方なく書き直した記事もあるし、都合三日三晩ほども掛かったであろうか。引っ越しのドサクサで散逸してしまった写真もある。顧みれば、さしたる考えも無く書き散らした雑念を後生大事に背負い込んで移動するさまは、仏陀の教えを学ぶ者として些か恥ずかしくはある。さればこそ凡夫なりしか。
背負い込むことで過去の発言に責任を持ち、多少なりとも思慮深くなったのかと言えば、そうでもない。読み返すと、あちこちで矛盾したことを平気で書いている。やはり小人である。
2012年04月03日
忘れていたmixi
高校時代の友人よりmixi経由で連絡が来た。「お久しぶり」と言われて「はて誰やったかな」と、しばし名前を見つめる。これも耄碌か。
そんなことより、mixi自体をすっかり忘却していた。もとより放置状態ではあるのだが、自分が登録していたということ以前に、mixiなるプラットフォームの存在そのものが意識の中に無かった。ログインするのも何年ぶりだか思い出せないほどだ。
mixiの放置は、ほとんど登録当初からだ。未だfacebookにも興味が無いし、私はSNS一般に縁が薄いらしい。何がイヤ、という訳でもなく、要するに「使い途」が思い付かないのだ。
余談だが現職の首相も同じ高校の出身者だ。そんな訳で最近は密かに肩身が狭い。
そんなことより、mixi自体をすっかり忘却していた。もとより放置状態ではあるのだが、自分が登録していたということ以前に、mixiなるプラットフォームの存在そのものが意識の中に無かった。ログインするのも何年ぶりだか思い出せないほどだ。
mixiの放置は、ほとんど登録当初からだ。未だfacebookにも興味が無いし、私はSNS一般に縁が薄いらしい。何がイヤ、という訳でもなく、要するに「使い途」が思い付かないのだ。
余談だが現職の首相も同じ高校の出身者だ。そんな訳で最近は密かに肩身が狭い。
2012年03月29日
あなたは人殺しを支持するか
「国民の支持」が合法的な殺人を正当化し得ると嘯く大臣の見識に呆れるばかり。
以前も書いたことだが何度でも書く。人を殺すことで問題を解決しようとする社会を私は憎む。
以前も書いたことだが何度でも書く。人を殺すことで問題を解決しようとする社会を私は憎む。
2012年03月24日
事の顛末
大騒ぎした失くしモノが部屋の中から出て来た。
見つかる時はあっけないものだが、部屋の中だってずいぶん探したのに、何故その時に出てこなかったのかは謎。単なる耄碌か。
出て来たのは良いが、カード類は全部止めてしまったからなあ。当分は(平日の営業時間に)銀行へ行く暇も無く、手持ちの現金だけで喰い繋ぐ日々を迎える。
見つかる時はあっけないものだが、部屋の中だってずいぶん探したのに、何故その時に出てこなかったのかは謎。単なる耄碌か。
出て来たのは良いが、カード類は全部止めてしまったからなあ。当分は(平日の営業時間に)銀行へ行く暇も無く、手持ちの現金だけで喰い繋ぐ日々を迎える。
2012年03月22日
占有離脱
免許証と保険証と銀行のカードとクレジットカードとETCカードをなくした。何でそんなに全部一緒にしといたのかと思うが、人間のやることは分からない。
あまりのことに仕事も手に付かず。
あまりのことに仕事も手に付かず。
2012年02月15日
車を愛する者の気概
近所でいつも世話になっているガソリンスタンドへ行く。新しいキャラバンでは初登場だ。顔なじみのメカニックは目が合うなり既に驚きの表情。ようやく良いのが見つかって買い替えた旨を話すと、彼は開口一番
「あらら〜寂しいなあ 終わっちゃったんだアイツ」
思えば先代のボロ車はさんざんこのスタンドで手を入れて貰った。タイヤもラジエーターもバッテリーもここで替えてもらったし、パワステオイル漏れを直してもらったこともある。毎年の車検もお願いしてきた。彼にしてみれば、なにかと手のかかる「アイツ」だったのか。
営業的に考えれば、まずは新しい車を褒めそうなものだが、彼の顔は本当に寂しそうで、さればこそ真に車を愛する者の気概かくやあらんと、深く感じ入った次第である。
「あらら〜寂しいなあ 終わっちゃったんだアイツ」
思えば先代のボロ車はさんざんこのスタンドで手を入れて貰った。タイヤもラジエーターもバッテリーもここで替えてもらったし、パワステオイル漏れを直してもらったこともある。毎年の車検もお願いしてきた。彼にしてみれば、なにかと手のかかる「アイツ」だったのか。
営業的に考えれば、まずは新しい車を褒めそうなものだが、彼の顔は本当に寂しそうで、さればこそ真に車を愛する者の気概かくやあらんと、深く感じ入った次第である。
2012年02月10日
世代交代
酷使に酷使を重ねてきたボロ車も遂に引退となり、新しい車に、と言っても、もちろん中古だが、買い替えた。性懲りも無く、再びキャラバンのガゾリンMT。E24からE25に替わった次第である。
コレがまあ、感動的なくらいに快適。
何しろよく走る。まさしく踏めば前に出る感じ。キャブレターがヘタレきった前のボロ車は踏んでも踏んでもパワーを感じなかったが、それでも踏んだ分だけ確実に燃料を消費していたのだから酷い話だ。
しかも静か。なにぶん賑やかな音楽があまり好みではないので、これは嬉しい。
暖房もちゃんと効くし・・・って、どんだけボロ車だったのかって話だが、本当に全然違うのだから驚く。
色は、割とどうでもよかったんだけど、マニュアルの中古車は本当に数が少なく、選んでられない状況だったので、黒/銀のツートンと、無駄にオサレなカラーリングである。黒だとちょっと汚れが目立つかなと思ったが、ちょっとどころではなく目立つことが判明し、これだけは想定外。
現行E25のキャラバンは、競合するハイエースに比べて、本当に全く売れていない。理由は単純明白で、荷室スペースがハイエースより狭いのだ。日産も何を血迷ったかと疑うほど貨物車としては致命的な欠点だが、そのぶん運転席周りのスペースは広くて、運転しやすい。あまりに運転しやすく、かつ静かなので、ついついスピードが出てしまう点は気を付けないとなあ。
まあ、正直言って殆どの点でキャラバンはハイエースに負けてると私も思うけど、それでもMTにこだわる身としては、やはりキャラバンが良い。ハイエースにもMTはあるけど、インパネシフトは好きになれないし。だいたい、タコメーターの付いてないMT車を平気で売るあたり、トヨタさんはMTを馬鹿にしてるのかとも思う。
暖かくなったら、こいつで赤城山に登ろう。
コレがまあ、感動的なくらいに快適。
何しろよく走る。まさしく踏めば前に出る感じ。キャブレターがヘタレきった前のボロ車は踏んでも踏んでもパワーを感じなかったが、それでも踏んだ分だけ確実に燃料を消費していたのだから酷い話だ。
しかも静か。なにぶん賑やかな音楽があまり好みではないので、これは嬉しい。
暖房もちゃんと効くし・・・って、どんだけボロ車だったのかって話だが、本当に全然違うのだから驚く。
色は、割とどうでもよかったんだけど、マニュアルの中古車は本当に数が少なく、選んでられない状況だったので、黒/銀のツートンと、無駄にオサレなカラーリングである。黒だとちょっと汚れが目立つかなと思ったが、ちょっとどころではなく目立つことが判明し、これだけは想定外。
現行E25のキャラバンは、競合するハイエースに比べて、本当に全く売れていない。理由は単純明白で、荷室スペースがハイエースより狭いのだ。日産も何を血迷ったかと疑うほど貨物車としては致命的な欠点だが、そのぶん運転席周りのスペースは広くて、運転しやすい。あまりに運転しやすく、かつ静かなので、ついついスピードが出てしまう点は気を付けないとなあ。
まあ、正直言って殆どの点でキャラバンはハイエースに負けてると私も思うけど、それでもMTにこだわる身としては、やはりキャラバンが良い。ハイエースにもMTはあるけど、インパネシフトは好きになれないし。だいたい、タコメーターの付いてないMT車を平気で売るあたり、トヨタさんはMTを馬鹿にしてるのかとも思う。
暖かくなったら、こいつで赤城山に登ろう。
2012年02月04日
昔むかしの話
若い人たちと仕事をする機会があって、なんて書くとまるっきり年寄りのようだが、相手は二十歳そこそこの学生さんたちだから、まあ向こうから見れば年寄りみたいなものだろう。
野坂昭如の話題になった。『火垂るの墓』やら『エロ事師たち』やらと話は尽きないが、実は私にとって野坂昭如は作家というよりも「テレビの人」だった。彼のイメージは私の中で「テレビが面白かった時代」の記憶に結びつく。
そんなことを話したら、二十歳そこそこの中の一人が、真顔でこう言う。
テレビが面白かった時代が想像出来ません
少なからず驚いたが、しかし率直な感想なのだろうと思う。考えてみれば、既にそれは随分と昔の話なのだ。当時を知らなければ、確かに想像も出来ないであろう。今になって顧みれば、そもそもあの面白さは<本物>だったのだろうかと、自分自身そんな虚無感すら覚える中年の立春。
野坂昭如の話題になった。『火垂るの墓』やら『エロ事師たち』やらと話は尽きないが、実は私にとって野坂昭如は作家というよりも「テレビの人」だった。彼のイメージは私の中で「テレビが面白かった時代」の記憶に結びつく。
そんなことを話したら、二十歳そこそこの中の一人が、真顔でこう言う。
テレビが面白かった時代が想像出来ません
少なからず驚いたが、しかし率直な感想なのだろうと思う。考えてみれば、既にそれは随分と昔の話なのだ。当時を知らなければ、確かに想像も出来ないであろう。今になって顧みれば、そもそもあの面白さは<本物>だったのだろうかと、自分自身そんな虚無感すら覚える中年の立春。



