2017年06月03日

読め、そして驚嘆せよ

ハードカバーで小説を読むようになったのは、いつ頃からだったか。若いうちは片っ端から文庫本だったように思う。少なくとも日本人作家の小説は必ずと言っていいほど文庫本で読んだ。

ハードカバーを買う意味が分からなかったのだ。何年か待てば文庫で手に入るのだから、そう思っていた。

ところがどっこい、齢を重ねると、その「何年か」が待てなくなって来る。この心境の変化を当時は予想もしなかったが、なるほど、生きている時間が残り少ないというのは、そういうことなのかとしみじみ察する。

というわけで今日のお題は松浦理英子の最新刊『最愛の子ども』。そりゃあもう待てないでしょ。いや、若い頃なら待ったのかな。とにかく、待てない私は4月末の発売とほぼ同時に買い込み、でも5月はなんだかんだで忙しくてやっと読了。

いやあ良いものを読んだ。素直にそう感謝する。「わたしたち」という曖昧な主語(なんとなく想像はつくものの「私たち」が誰なのかについて作品中では明らかにされない)が、「最愛の子ども」を見守るその視線の優しさに稀有な情感を加味していて、しっとりした読後感は格別。

松浦理英子は寡作な作家で、デビュー以来40年を経て発表された作品は2桁に達していない。しかしそのどれもが濃密な傑作で、全くハズレがない。その中でも今作は驚嘆すべき傑作だと思う。常に何らかの意味でセクシュアリティの様相をテーマにしてきた彼女の探求が、ついに途方もない境地にまで達した瞬間を、ここに見る。

繰り返すが本当に良いものを読んだ。全力でお薦めする。まあ若い人は文庫本になるまで待ってもいいけどね。
posted by 非国民 at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月05日

まだこんなことをやってたのか

何気なくyahoo newsを見ていたら、こんなのが目に入った。

憲法改正に賛成? 反対?

だからさあ。。。
前にも同じようなことを書いた気がするが、大事なことなので何度でも書く。
どこをどう変えるかを明示しなきゃ、賛成も反対もないでしょうが!

まったく、質問する方も答える方も、どうかしている。
何の説明もなく「あなたは道路交通法の改正に賛成ですか」とか「労働基準法の改正に賛成ですか」と聞かれたら、アホかと思うでしょうに。
 
まあ言外に示唆しているのは自民党が出した直近の憲法草案なのかも知れないが、私に言わせれば、あれは憲法改正ではなく立憲主義の放棄だ。論外。
 
posted by 非国民 at 04:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月04日

『カブールの燕たち』

読了。

うーん、ちょっとどうかなあ。ホッセイニが凄すぎたのかも。
posted by 非国民 at 12:38| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月26日

オーストリアとオーストラリアを間違えるな

エレクトロ・スウィングElectro Swingという最近の音楽が割と面白くて、あれこれ探しては聴いている。英米では人気が薄く、主にドイツやオーストリアを中心とした大陸ヨーロッパで流行っているらしい。

このジャンルを紹介している日本語サイトを巡っていて、オーストリアとオーストラリアを間違えて記述している例があまりにも多いとことに驚く。ダメでしょ、そこ間違えちゃ。

エレクトロ・スウィングといえばこの人、というぐらいに有名なのがParov Stelar。エレクトロ・スウィングの創始者とも言われるオーストリアのトラックメーカーだが、事もあろうに、彼を「オーストリアのミュージシャン」と紹介しているサイトが管見の限りでも複数存在する。「発祥の地」を間違えてどうする。

Kiss Me Yesterdayもオーストリアのバンドで、私は随分と気に入っているのだが、これも「オーストリアのバンド」と紹介しているサイトがある。バンドのオフィシャルサイトを見れば、トップに
  Electro Swing Live-Act from Vienna
と大書してある、にもかかわらずだ。どういう了見なのか。英語で書いてあるからオーストリアという思い込みなのか。

たしかにオーストリアとオーストラリアは紛らわしく、間違えやすい。しかし、だからこそ、間違えないように気を付けなきゃという意識が働きそうなものだ。少なくとも私はそうやって育ったと思う。どちらも最近になって出来た国ではないのだし。

例えばスロヴァキアとスロヴェニアは紛らわしい。これを間違えるのは、もちろん自慢できる話ではないが、まあ私らの年代では仕方がないと思う部分もある。どちらも私が学校教育を受けた時には無かった国だからだ。

モルドヴァとモルドヴィアも激しく紛らわしい。MoldovaとMordoviaだが、カタカナで表記すると判別が難しい上に、どこにあるのかも知られているとは言い難い。どっちでもいいという声が聞こえて来そうだ。

これらに比べたら、オーストリアとオーストラリアなんて分かりやすいものだ。いろいろと全然違うのだし、是非とも間違えないようにしたい。少なくとも文章に書いて公開する時ぐらいは。

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2017年04月21日

物語のチカラ

カーレド・ホッセイニ『そして山々はこだました』読了。

良い話を読んだ、と素直に思う。長生きして良かった。

まずもって本当に上手い。これほどの奥行きを持ったエピソードの集積をきっちりと紡ぎ上げ、しかも読み難いということがない。大変な力量だと思う。これが三作目だというから凄い作家だ。作家になる前は医者だったというから並みの才能ではない。そしてなお凄いのは、上手いだけではないという点だ。奇抜な設定や妙に凝ったプロットなどの小手先は一切なく、ひたすら物語そのものが持つ圧倒的なチカラに引き込まれる。これこそが小説を読む愉悦。

絶対に読んで損はない一冊だが、早川書房さんは増刷するつもりが無いらしい。日本では流行らないのか。そんなこともないと思うのだが。ちなみにアメリカではべらぼうに売れたらしい。確かにアメリカ人が悦びそうな話だ、とは思った。あの人たち、家族の話が大好きだからなあ。
posted by 非国民 at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月17日

消えた本

紙の本でも消えることがある。

せっかく買った電子書籍のデータが何処かへ消えてしまった。。。というような話は、ちょっと前までよく耳にした。若い人には信じられないかもしれないが、私らの年代や、もっと上の世代だと、そこそこ「ありがち」な話だったりする。それが嫌で、という訳ではないが、私は専ら「紙の本」派だ。

だが今回はその「紙の本」が、何処かへ消えてしまった。全く理由が分からない。

少し前に、アフガニスタン出身の作家カーレド・ホッセイニの『千の輝く太陽』を読んだ。これが何とも凄い傑作で、久々に「長生きして良かった」と思える読書体験だった。でもって今は同じ作家の『そして山々はこだました』を読み中。下巻に差し掛かって益々面白い。もっと前の作品も読みたくて仕方がないのだけれど、すでに絶版のようで、早川書房には強く再考を促したい。

そういえばヤスミナ・カドラがアフガニスタンを舞台にした小説を書いてたよなあ、たしか『カブールの燕たち』。まだ読んでないけど結構前に買って積んであったはず。そう思って机上に聳え立つ未読本の山を仔細に探るも、これが無い。

絶対に買ったはずなんだけど、どこに消えたのだろう。全く分からない。そして、どんなに探しても無い。ひょっとして、実は読んでいて、それほどとも思わず既に手放したとか。いやいや、いくら何でもそこまで忘れるか。

仕方が無いもう一度買うかと気軽に考えたはいいが、これまた今では入手が難しいのであった。どうも初版しか出ていないようなのだ。ネットで調べると紀伊国屋さんには在庫がなく、丸善さんを当たると千葉&東京では唯一多摩センター店に在庫あり。結局仕事帰りにとてつもなく遠い寄り道をして買って来た。

もう何やってるんだ俺。そして早川書房は再版を出せヤスミナ・カドラだぞ。
 
posted by 非国民 at 01:14| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月30日

捻挫の痛みと過疎の哀しみ

何度かお世話になった駅北口の整骨院は廃業していた。。。

やっちまった翌日、よろよろと普段の倍ほどの時間をかけて件の整骨院まで辿り着くと、シャッターが閉まっている。おかしいなあ9時からだったよなあ、と思い看板に書かれている番号に電話するも「ただいま使われておりせん」。

そんなことってあるのか!
駅徒歩30秒の立地で、建物も看板もそのまま残って。

これが人口減少社会というやつか。地方都市で眼にしてきたシャッター街は、遂にここにも及んだか。まったく、森田健作なんかを野放しにしておくからだ。

八つ当たる元気もなく、再びよろよろと南口側へ戻る。当研究開発のアジトから至近にも整骨院があったのを思い出す。

初めて入る近所の整骨院は、スポーツ選手の怪我を診るのが得意らしい。運動部と居酒屋を足したような元気の良さに目眩がしてちょっと馴染めないが、とにかく痛いので、ここで何とかして欲しいと切に願う。

いざ診てもらえば、さすがはプロ。やることに抜かりはない。「キョコツが少しズレてますね。亜脱臼です」と言われてコキコキと押し込まれる。冷やして固定して、全治三週間の宣告を受ける。「内出血もあるし、明日から腫れると思いますよ」との予報も頂く。

以来、整骨院との往復以外は自宅謹慎の三日。かなり楽になった。都合良く仕事が休めたので助かったが、休むと収入がないんだよなあ。

今週学んだこと
ヒトの足首には距骨という骨がある。
 
posted by 非国民 at 00:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月27日

捻挫

またやってしまった。今回は左足首。

痛い。

ていうかこのブログ、怪我と老眼と虫歯の話題が多すぎる。終活記なのか。
posted by 非国民 at 04:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月28日

それほどでもなかった現実

遠近両用眼鏡。これがなかなか不思議な感覚。視野(ちゃんとピントの合う範囲)が狭いことによる独特の浮遊感みたいなのがあって脳が混乱しているようだ。レンズの下の方が老眼用になっているので足元が覚束ない。あと、歩いていて感じるのは2~3mあたりでの遠近感がはっきりしない。

大枚叩いた(レンズだけで片側3万ちょっと、つまり両側で6万オーバーだ)のだから、もっとクリアーに世界と接することができるかと期待していたが、世の中そうはなっていないようだ。これを書いている今も若干のストレスを感じている。だいたい私はPCに向かう時に姿勢が悪いのだ。だから画面上にピントを合わせるのにも結構意識を使わなければならず。

眼鏡屋には「慣れるまでこの眼鏡での運転は控えるがよろし」と言われたが、これに慣れるのは大変だな。運転用に別の眼鏡を作った方が良いのだろうか。
posted by 非国民 at 16:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月21日

10年ぶりの眼鏡

10年ぶりに眼鏡を新調する。なぜ10年ぶりだと分かるのか、もちろん自分で覚えている筈も無い。このブログを「眼鏡」で検索すると10年前の記事が出て来るのだ。妙なところで備忘録として役立っている。

薄々ご察しの諸兄も多かろうから正直に白状すると、老眼が来るところまで来てしまったのだ。読書の際は裸眼で構わないのだが、仕事柄、遠くの舞台を見つつ手元の台本を追う、という作業が避けられない。というわけで、ついに遠近両用眼鏡だ。まあ何年も前から老眼は自覚していて、遠近両用を早く作って早く慣れるが吉と先達には指摘されていたのだが、ついにその日が来たという感じ。

遠近両用眼鏡は高い。10年前に驚いた値段の比では無い。今回はレンズだけで6万円を超えた。いずれ数年後には作り直す事態が避けられないと分かっているのにこの出費やいかに。まあそれも生きていればの話ではあるが。

週明けには出来上がる。どんな世界が待っているのやら。
 
posted by 非国民 at 01:49| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする