2013年11月07日

再びプラハオペラ

今回は『魔笛』。Becherovkaの件でお世話になった通訳T氏とも再会する。

またしてもT氏を質問攻めにし、あれやこれやと教えて貰う。やたら立ち入ったことを訊いてくる中年の照明屋を通訳氏は嫌がりもせず(まあ本当は面倒くさいと思ってたのかも知れないが)、話はボヘミア/モラヴィア/スロヴァキアにおけるエスニックアイデンティティの諸相、ズデーデンから追い出されたドイツ系住民の望郷、ロマがどうして嫌われるのかと、果てしなく広がる。

プラハオペラと言ったが、正しくはプラハ国民劇場である。チェコのナショナルシアターにおいてドイツ語のレパートリーが上演されるということを、現在のプラハ市民はどう思っているのだろうか。ナショナルシアターの演目に字幕が付くことを何とも思わないのだろうか。あるいは、そのことについて追い出されたドイツ系住民の思いや如何に。知れば知るほど「nation」のヤヤコシさに突き当たる。

少しばかり詳しいことを言うと、チェコ人がチェコ語で上演される劇場を自分たちで作ったのが本来の「国民劇場」。それに対抗してドイツ系住民がドイツ語で上演される劇場を作ったのが、今回のカンパニーの元である。共産党時代に両者が統合されて(というか一緒くたに国有化されて)今日の国民劇場に到っている。そもそもモーツァルトが『魔笛』を書いた時代には、プラハはドイツ語圏だったわけで、それも含めてプラハの歴史と文化が成り立っているわけだ。かつてのプラハはチェコ人、ドイツ人、ユダヤ人が入り混じる多文化の地だった。「今ではドイツ人もユダヤ人もいなくなってチェコ人だけだから、つまらない」という人もいる。

意外だったのは、現在のチェコにおいてカトリック教会の影響力が皆無だという話。教会なんて行ったことが無いという人も珍しくないそうで、カトリック信仰が非常に盛んなスロヴァキアとは対称的だ。チェコでは共産党政権の以前からカトリック信仰は薄かったそうで、まあヤン・フスの故地だったりもするからなんだろうけど、本当に面白い所だと思う。

ちなみに、ずっと気になっていたクリスマスの鯉についても訊いてみた。T氏いわく「激不味です!」。
posted by 非国民 at 03:48| Comment(8) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
MagmaのギタリストのJamesがしばらくプラハに住んでいたことがあります。ツアーで行って、良い街だったので気に入ったのだそうです。

で、フランス語も通じるのだとか。良い街だから一回来いよ、と言われていたのだけれど、結局行かずじまいでした。
Posted by 黒木 at 2013年11月11日 08:38
プラハは観光都市ですからね。国民劇場のオペラも半ば観光客相手という感じはあります。
ユーロ圏じゃないので比較的物価も安いし。

ただ、チェコ人全般についていえば、英語は殆ど通じないですね。かつては高等教育が全部ロシア語だったわけですから。今は高校の外国語で英語かドイツ語を選択するらしい。

40代以上で流暢に英語を話す人は、ほぼ例外無く「西側」に亡命していたという経歴の持ち主です。
Posted by 非国民 at 2013年11月11日 21:07
そのプラハの『魔笛』、ワケあって新潟公演を観ました。私としては初オペラ観戦。「オペラとか気取りやがってコノヤロー!」敵地に乗り込む勢いでしたが、これが実に面白かったです。ステージ両脇に「字幕」が出るので意味も分るし、なるほどこれは大衆演劇だなと。あと、サン・ラ先生みたいなコスプレした人がいっぱい出てくるのも親しみやすかったです。
Posted by やきとり at 2013年11月20日 23:08
意外にブルジョワ趣味ですなあ。
たしか大衆の娯楽という値段では無かった筈です。
Posted by 非国民 at 2013年11月21日 11:52
貴族階級に比した場合、ブルジョワは明らかに大衆ですね。

で、その下にプロレタリアートがいて、更にその下にルンペン・プロレタリアートがいる。

オペラが作劇的に言って、「大衆演劇」だというのは強ち間違っていないと思います。正確に言えば、「ブルジョワ趣味の大衆演劇」ですが。
Posted by 黒木 at 2013年11月24日 09:46
母が骨折入院してチケットが余ったので、義父から急遽お呼びが掛かりました。もちろん自腹じゃ行きません、ブルーノートの輸入盤が30枚以上買える値段ですし。あと、加賀屋だったら20回は飲めるかな。日帰りの新幹線代は痛かったですけれども。
Posted by やきとり at 2013年11月24日 21:15
やきとり同士をブルジョワ呼ばわりした非国民同士に自己批判を求める!!
Posted by 黒木 at 2013年11月24日 21:33
宮廷限定の娯楽から市民のものになったという意味では、当時既にオペラの大衆化は進んでいますね。
その後19世紀を通じてオペラの大衆化とともに劇場はどんどん大型化し、遂には発声法自体が根本的に変わるとこまで行くわけです。

やきとり同志については、かつてキャバクラで豪遊したという前科も有之候。
Posted by 非国民 at 2013年11月25日 23:59
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