2015年06月16日

思い返せば宮澤さん

世襲政治家の跋扈は今に始まった事ではない。昔だって少なくなかった。それでも、昭和の間、自民党は一度として世襲議員を総理にしなかった。そのことについて当時は深く考えなかったけど、今となってみれば「先人の知恵」だったのかな。

世襲政治家が初めて総理になったのは、平成に入ってすぐ、宮澤喜一さんの時だ。1991年だから、もう四半世紀の前のことになる。以来、世襲政治家以外で総理になった人は村山さん、菅さん、野田さんの3人しかいない。つまり自民党からの総理は一人残らず世襲だ。

歯止めが外れた途端、こうも一気に崩れてしまうものなのか。政治の劣化は前世紀から進行していたのだ。

劣化と共に、政治地図が無意味にややこしくなったという弊害もあろう。民主党の野田さんや前原さんあたり、あの人たちの考えは基本的に自民党と何ら変わらない。結局は、世襲じゃないので自民党に入っても「上に行けない」と分かっているのだろう。しかし、こうなると国民にとって政党とは何なのか。

宮澤さん自身は比較的バランスの取れた考え方をする人で、こう言って良ければ優秀な総理だったと思う。思うが、歴史を長い眼で見た時に、宮澤さんが優秀だった事は日本にとって不幸だった。

posted by 非国民 at 20:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
自分の親父を尊敬していて、あるいは超克したくて、若者が同じ仕事を志すのはアリっちゃアリなんだが・・・・・・。
単に地盤と資金を世襲してるだけだからなあ。

議員・元議員の○親等以内の被選挙権の制限が、それこそ憲法上の規定で必要なのかも、と思ったりする。
Posted by もぐら似のY at 2015年06月17日 22:02
一方で、少しは勉強してるじゃないかと思える議員が世襲だったりする事もあるわけです。一般論として劣化は否めないけど。

日本は選挙が多すぎるのかな、とも思います。
Posted by 非国民 at 2015年06月18日 03:31
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