2014年05月13日

日本の捕鯨はどうして嫌われるのか

最初に断っておくが、日本の捕鯨「だけ」が嫌われているわけではもちろん無い。日本の捕鯨を嫌う人は、殆どの場合ノルウェーの捕鯨もアイスランドの捕鯨も嫌っている。そうは言っても、その中で日本の捕鯨が特に嫌われていることは間違いない。

捕鯨を嫌う人の言い分にも色々あって、その全てが理にかなっているとは私も思わないが、日本の捕鯨が突出して嫌われていることには幾つかの明確な理由がある。それを確認しておくことは無駄ではないだろう。

まず第一に、学術調査の看板を掲げているから嫌われる。ノルウェーもアイスランドも明確に商業捕鯨を掲げていて、要するに彼らは食べるためにクジラを獲っている。アラスカなんかの伝統的な先住民捕鯨も、目的は食べるためだ。それでも駄目だと言う反捕鯨論者ももちろん多いが、それを別にしても日本の場合は「調査」の看板を掲げている点でさらに悪質だと看做される。どこの国にも本音とタテマエはあるし、それ自体を批判しても仕方ないけど、外交はあくまでもタテマエで動く。日本の捕鯨関係者はその認識が薄いんじゃないかな。さらに言えば、日本の捕鯨が本当に食べるためのものかどうかさえ実は怪しい。私自身は、ただの無駄な公共事業なんじゃないかと思っている。

次に、自国から遠く離れた海でクジラを獲るから嫌われる。ノルウェーもアイスランドも自国の沿岸でしか捕鯨を行っていない。この違いは結構大きいと思う。公海上の水産資源は大げさに言えば人類の共有財産だ。地球の反対側まで出掛けて行ってクジラを獲る行為を自国の「食文化」に繋げる言説は、いくらなんでも無理がある。これもついでだから言ってしまうと、「文化」やら「伝統」やらは、都合の良いように書き換えられてしまう場合が少なくない。要するに、いつの時代を基準にして「日本人の食文化」と呼ぶか、という問題なのだが、少なくともクジラが日本人の一般的な食材だったのは1950年代から60年代あたりの一時期だけだ。それまでは、ごく限られた地域の文化だったに過ぎない。安房の里見水軍、熊野の九鬼水軍、生月の松浦党と並べてみれば明らかなように、捕鯨が盛んだった所は大概が海賊の本拠地だ。日本列島の文化としてはレアケースであると言わざるを得ない。無論それもまた「日本人の文化」であることを私は否定しないし、こうした地域の沿岸捕鯨は出来れば残って欲しいと切に願うが、残念ながら日本近海のクジラはあらかた獲り尽くされてしまったので、かつてのような規模での捕鯨は存続不可能だろう。里見水軍の本拠地は内房の勝山というところで、昔は盛んに捕鯨が行われていた記録がある。この個体群は既に絶滅し、現在では内房に回遊してくる鯨はいない。

三番目に、これが最大の問題だと思うが、日本は水産資源の管理が全く出来ていないのに鯨を獲るから嫌われる。ノルウェーもアイスランドも厳格な資源管理の元で漁獲高制限を行っていて、かつ漁業は着実に利益を上げる成長産業となっている。ノルウェーなんか、敢えてEUに加盟しないことでEUよりも遥かに厳しい基準での資源管理を行っている。この水産資源管理という点に関して、はっきり言って日本は前歴が悪すぎる。クロマグロ、ニホンウナギは既に絶滅寸前だし、日本近海のイワシもアジもサバもニシンも完全な資源枯渇状態で、今すぐ禁漁にしても資源回復に何十年掛かるか分からない。カツオだって今のような獲り方をしていれば時間の問題だろう。そんな国が「調査捕鯨」なんて言っても信用されないのは当たり前だ。日本人を野放しにしたら最後の一頭までクジラを獲り尽くすんじゃないかと私でも心配になる。
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2013年11月27日

権力の酩酊

稀代の悪法「秘密保護法」案が衆議院で可決とか。まあ半ば予想されたこととはいえ、議員諸子の鈍感さに改めて驚き呆れる。行政権の長たる首相が「第三者」であるという詭弁は笑止としても、権力を手にした者が如何に短時間でその権力に酔ってしまうのか、その挙動たるや正に実験を見るがごとし。

自分たちが野党になった時に、かかる悪法がどれほどの枷となるのか、多少なりとも想像力が及ばないものだろうか。あるいは未来永劫にわたって自分たちは権力を手放さないという意思表明なのか。
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2013年08月06日

「固有の領土」とは何か

例によって内閣府がつまらぬことに金を使っている。先日発表された竹島に関する特別世論調査によれば、竹島が「歴史的にも国際法上も明らかに我が国固有の領土であること」を「知っている」人は6割ほどだったとか。

不勉強な私は「知らない」に一票なわけだが、正直どうでも良いという本根とは別に、「固有の領土」という言葉の意味がよく分からない、いや全く分からない。「日本の領土」と「日本固有の領土」とは何かが違うのだろうか。違うとすれば「日本の領土」には「固有の領土」と「固有ではない領土」があるのだろうか。まさかそんな事もあるまいと思うが、やはり分からない。誰か教えてくれないだろうか。

「国際法上も明らか」と言い切るからには、国際法上に「固有」の定義があるんですよね内閣府さん。
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2013年06月07日

やはり分からない安倍さんの「成長戦略」

市販薬ネット販売の解禁だそうだが、何でこれが成長に繋がるのだろうか。

薬なんてモノは、どう売ろうが、必要な人が必要なだけ買うものだろう。ネットで売ったからって売り上げが伸びるものでもない筈だ。

もちろん私だって日本に暮らしているのだから、日本の経済成長は望む。しかし、冷静に現実を見れば、その可能性は残念ながら皆無だ。いい加減、経済成長を前提にしない「戦略」を考えるべきじゃなかろうか。

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2013年05月11日

果たして「認識」の問題なのか

巷では安倍さんの「歴史認識」が話題になっているようだ。まあ何と言っても親子孫と三代に渡って日本を喰い物にして来た一族ではあるので、物事の捉え方に常軌を逸したところがあっても驚かないが、しかし安倍さんの場合「認識」以前に歴史を知らないのではないかと思えてならない。

憲法に関して目を覆うばかりの無知無教養を披露したのも記憶に新しい。あれほどの逸材が「だけど歴史はちゃんと勉強しました」という可能性は甚だもって低い。歴史を知らずして保守も反動も無いようなものだが、本当に知らないんじゃないかなあ。
posted by 非国民 at 21:41| Comment(4) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月27日

「付与」じゃないだろ

些細な言葉遣いに突っかかるのもどうかと思うが、先日目にした新聞記事の見出しが気に掛かる。

被後見人に選挙権付与へ

さすがに、この表現はおかしくないか。どうせリリースを書き写しているだけなんだろうが、国民の権利というものに対するセンスが疑われる。

前にも同じようなことを書いた気がするが再び確認しておこう。選挙権は国家が国民に「付与」する性質のものではない。天与の自然権ではないにしても、近代民主主義が機能するための重要な前提条件としてあらゆる国民が当然に持つべきものだ。現状、日本では幾つかの理由から成年被後見人に対して選挙権が制限されていて、しかしながらその理由には合理性がない、というのが今回の裁判所の判断ではなかったか。したがって不合理な制限が撤廃されるべきという筋の話である。断じて「付与」ではない。

他の記事を探してみると、選挙権の「回復」と見出しを打っているものも有り、こちらの方が言葉遣いとしては妥当かと思う。

本来なら「奪還」もしくは「奪取」とでも書くのが正しいのだろうが、さすがに新聞では無理だろうなあ。
 
 
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2012年12月05日

イメージ戦略?

ボロ車を運転中になんとなくFMを聴いていたら、突如安倍晋三の声が聞こえて来た。何ごとかと驚愕するも、聞けば自民党のコマーシャルである。

中身の無い空虚な言葉には今更驚きもしないが、それよりも「まだこんなことをやっていたのか」という点に目が眩む。ラジオで流れている位だから、テレビでも当然やっているのだろう。変わることのないこの国の姿は、しかし美しいのか。

たがだか何十秒かのイメージ広告で動く票こそが安倍さんの主たるターゲットであると思えば、戦略としては妥当なのかもしれない。
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2012年07月13日

政党内政権交代の正当性

私のようなヒネクレ者にとって、自分の投票した政党が政権与党に就くなどということは、一生のうちに何度あるか分からないほどの珍事である。その投票を、これほど深く後悔するすることになろうとは思いもしなかった。

公約と反した政策に「政治生命をかける」という倒錯が、そもそも理解不能であるが、とはいうものの、野田さんも前原さんも、選挙後に考え方を変えたというよりは、最初から前回の選挙で民主党が掲げた公約には賛同していなかったと見るべきだろう。むろん、賛同していようがいまいが、その公約を掲げた民主党の看板の下で当選したのだから、「変節」であるとは言える。

結局のところ、野田総理の誕生は、民主党という同じ政党の中での「政権交代」である。「政権交代」以前の「公約」を積極的に遂行しようという人は、今の政権内にはいないのだろう。

しかし、それは一体どういうことなのだろうか。自民党時代にも「政党内政権交代」は幾度となく繰り返されたが、明確に公約を掲げ、明確にそれを反古にしたという点で、今の民主党はさらに酷い。公約とは何かと言う話以前に、民主主義における権力の正当性とは何か、が問われてしかるべきであろう。例えば私だって、選挙の時に野田さんが代表の民主党であれば、さすがに投票しなかった筈で、だから、今の民主党の権力に関しては(責任の一端は感じるにしろ)正当性を見出し得ない。

いっそのこと、「一回の選挙で首相は二人まで」というルールでも創ったらどうか。二人目の首相が辞める時には必ず総選挙を行うという制度も、民主主義が機能するための前提条件として、悪い考え方ではないと思う。
posted by 非国民 at 00:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月15日

行進

何と言うことであろうか、民主党大本営の発表によれば、大飯原発は「おおむね安全」なのだそうだ。何を置いても再稼働ありきという「政治判断」の痴呆ぶりは目を覆うばかりだ。福島第一の事故が現在も進行中であり、対策どころか原因の究明すら途上なのである。大丈夫とかいう前に、せめて同程度の事故を想定した避難訓練でもやってみたらどうか。炉心が溶融し、圧力容器に穴が空き、格納容器も多分ダメという状況で、一体どれだけの範囲の住民が避難しなければならないのか、どうやって避難するのか、そもそも避難が可能なのか。そんなことすらチェックせずに、「地元の合意」など得られる筈が無いではないか。しかも「地元」の意味する範囲は、あの事故によって劇的に変容したのである。

「おおむね安全」に何の根拠も無いことは子供が考えたって分かることで、実際に殆どの日本人は分かっているのだと思う。にもかかわらず、マスコミをはじめとする世論の反応は驚くほどに鈍く、何となく、ずるずると、私たちの社会は原発とともに生きる日常へと回帰しつつある。このまま解散総選挙にでもなれば、もはや原発の是非は争点にならない可能性すら高い。

この「何となく、ずるずる」こそ、日本人が破滅へと向かう時のパターンなのか。
posted by 非国民 at 23:00| Comment(7) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月31日

政治「倫理」の濫用

どうしてこの国では推定無罪という考え方が受け入れられないのだろう。本当に文明国なのか。

毎日新聞の記事「大府市議会:議員政治倫理委 釈放の久野市議に辞職勧告」によれば、公選法違反の容疑で逮捕され名古屋地検が処分保留で釈放した市議に辞職が勧告されている。政治倫理委員会の「買収の疑いを生じさせ、逮捕という事態を引き起こしたことは政治倫理要綱に違反した」という理屈は、いくら何でも納得し難い。この件では起訴すらされていない。被告人ですらないのだから推定無罪以前の話だ。

地方議員には国会議員のような不逮捕特権は無い。こんな乱暴な理屈が通るのなら、警察は逮捕するだけでいつでも議員を辞めさせることが可能になってしまう。検察にしても、処分保留で相手の政治生命を絶てるのなら、わざわざ起訴して裁判で有罪を立証する必要など無くなってしまう。

実際に冤罪であるのかどうか、それは私には全く分からない。分からない以上は犯罪者扱いすべきでない。
posted by 非国民 at 02:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする