2015年01月10日

女の姿が見えない

毎年、というわけではないが、この時期には企業の賀詞交換会みたいな仕事が舞い込んで来る。名の通った大企業だと有名ホテルの宴会場で盛大に行われたりするわけだが、何百人も集まっていてほぼ全員が男、という場合が少なくない。

異様な光景だ。おかしいでしょどう考えても。

参加している当事者がその異様さに全く気付いていない風を見るにつけ、そんなビジネスはいすれ長くは続くまい、と思ったりする。
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2014年10月15日

相撲は南から?

先週は水道橋でフラの仕事。出演者は全員ハワイ人ということで、普段あまり見る機会の無い本場物のカヒコ(古典フラ)を堪能する。

古典なのでウクレレやギターは入らず楽器は太鼓と瓢箪のみ。歌、というよりも呪文のような節回しが淡々と続く。全部ハワイ語なので内容は分からないが、祈祷とか神事のようなものらしい。

男性の踊りが、何となく相撲の所作に似ていて面白い。本当に見れば見るほど良く似ている。まあ相撲も一種の祈祷だし、案外同根なのかな、と思った。
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2014年08月05日

祇園精舎の鐘の声

先週は朝霞でよさこい祭りの仕事。埼玉は暑い。

よさこい、という文化が、どうしても馴染めない。いかにもなヤンキー趣味が私の肌には合わないらしい。アレはやっぱり「族」の系譜なんだろうな。カミナリ族、みゆき族、竹の子族と続く日本文化の隠れた水脈だ。私は密かに「よさこい族」と呼んでいる。何故彼らは群れるのか。

熱中症一歩手前の茹だった頭で朦朧としつつ、踊り狂う老若男女を眺める。何を喰ってればあんなに元気なんだろうかと、たわいもない事を思いながらも見続けるうちに、やっぱりこれも盆踊りなのかという気がして来た。何もわざわざこの暑い時に踊らなくても、と思うのだが、この時期、というのに何かしら意味があるとすれば、それは盆踊りだからではないか。

そう思ってよさこい族を見ていると、気のせいかもしれないが、何となく諸行無常の響きを感じる。この世の栄華もうつろいも全てを儚き夢と観ればこそ、あの常軌を逸したエネルギーも納得出来なくはない。まあ、あのセンスは理解出来ないけど。それに、喧噪に満ちた現代では、あのくらいの大音量でないと先祖にも聞こえないだろうしなあ、とも思った。

祭文や踊り念仏から派生した盆踊りがよさこい族に繋がっているとすれば、これもまた21世紀における仏教史の一頁であろうが、全くの気のせいである可能性も否定出来ない。何しろ本当に暑かったのだ。


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2014年05月30日

徹夜

今日の0時過ぎから働き始めて、とりあえずの終わりが15時頃。家に帰ってシャワーを浴びれば今はもう17時。でもって22時には再び出掛ける。

こういう時にビールを飲んだりしてるから、ますます体内時計が壊れていくのだ。
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2013年12月03日

揺れる

久しぶりにビッグバンドの仕事。Mondaynight Jazz Orchestra。アマチュアながら演奏技術は確か。カウント・ベイシーやらデューク・エリントンやら。あるいは武満徹の難解な曲を美しく聴かせたり。

やっぱスイングは良えのお。
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2013年11月30日

男社会の裏側で

少し前に関わった仕事だが、ハロウィーンの仮装パーティ。

というのは表向きで、実質的にはトランスジェンダーの集う女装パーティーであった。もちろんそればっかりじゃないけど、参加者のざっと8割程度はゲイであろうかという感じ。一般参加NGのプライヴェートな催しであったが、なかなかの盛況で、まあ驚くほどのことじゃないんだろうけど、結構いるもんなんだなあと改めて認識する。

東京という街の、こういう処が私は好きだ。
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2013年11月07日

再びプラハオペラ

今回は『魔笛』。Becherovkaの件でお世話になった通訳T氏とも再会する。

またしてもT氏を質問攻めにし、あれやこれやと教えて貰う。やたら立ち入ったことを訊いてくる中年の照明屋を通訳氏は嫌がりもせず(まあ本当は面倒くさいと思ってたのかも知れないが)、話はボヘミア/モラヴィア/スロヴァキアにおけるエスニックアイデンティティの諸相、ズデーデンから追い出されたドイツ系住民の望郷、ロマがどうして嫌われるのかと、果てしなく広がる。

プラハオペラと言ったが、正しくはプラハ国民劇場である。チェコのナショナルシアターにおいてドイツ語のレパートリーが上演されるということを、現在のプラハ市民はどう思っているのだろうか。ナショナルシアターの演目に字幕が付くことを何とも思わないのだろうか。あるいは、そのことについて追い出されたドイツ系住民の思いや如何に。知れば知るほど「nation」のヤヤコシさに突き当たる。

少しばかり詳しいことを言うと、チェコ人がチェコ語で上演される劇場を自分たちで作ったのが本来の「国民劇場」。それに対抗してドイツ系住民がドイツ語で上演される劇場を作ったのが、今回のカンパニーの元である。共産党時代に両者が統合されて(というか一緒くたに国有化されて)今日の国民劇場に到っている。そもそもモーツァルトが『魔笛』を書いた時代には、プラハはドイツ語圏だったわけで、それも含めてプラハの歴史と文化が成り立っているわけだ。かつてのプラハはチェコ人、ドイツ人、ユダヤ人が入り混じる多文化の地だった。「今ではドイツ人もユダヤ人もいなくなってチェコ人だけだから、つまらない」という人もいる。

意外だったのは、現在のチェコにおいてカトリック教会の影響力が皆無だという話。教会なんて行ったことが無いという人も珍しくないそうで、カトリック信仰が非常に盛んなスロヴァキアとは対称的だ。チェコでは共産党政権の以前からカトリック信仰は薄かったそうで、まあヤン・フスの故地だったりもするからなんだろうけど、本当に面白い所だと思う。

ちなみに、ずっと気になっていたクリスマスの鯉についても訊いてみた。T氏いわく「激不味です!」。
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2013年05月14日

軽くヅカちっく

オーケストラのコンサートで、指揮者とコンサートマスターが両方とも女性ということがあった。女性のコンサートマスター、日本ではコンサートミストレスとも呼ぶが、まあこれは珍しくない。それでも、女性が指揮、というケースはあまり見ない。

その時は、コンサートマスターがイブニングドレス、指揮者はパンツスーツ姿だった。燕尾服ではなくラウンジジャケット風のスーツ。

両者の所作というか、出ハケなんかの立ち居振る舞いが、見ていると面白い。スーツ姿の指揮者が、何となく「男役」みたいな感じで、レディーファーストになっているのだ。ちょっとヅカっぽいその雰囲気が、新鮮というか何というか。それを良いとか悪いとか言うつもりは別に無いけど、ああやっぱりそういうことになるのかと不思議な気分。

コンサートのような公の場で女性のズボン姿が「あり」になったのは、そんなに昔のことではない。イヴ・サン=ローランが「タキシードルック」を発表して物議を醸したのがたしか1966年だから、まだ半世紀と経っていない。女性のファッションそのものは飛躍的に自由になったが、ファッションとジェンダーロールの関係が自由になるのは、もう少し先のようだ。
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2011年12月23日

くどいバンドの懐かしさ

話せばとても長くなる妙な縁があって、「9101」なるバンドというかヴォーカルユニットのミニライブで照明を担当した。9101と書いて「くどい」と読む。

本来は二人組なのだが、今回はゲストを加えての女三人編成。ヴォーカル(兼ノリツッコミ)、ヴォーカル(兼ウクレレ兼ボケ)、マラカス(兼コーラス兼ツッコミ)という、まことにもって奇特なる編成である。当然ながら三人ともが立って演奏する。

意外にも、と言っては失礼だが、音楽的な完成度は高く、個人的にも楽しめたライブであった。要するに、私の「好み」だった訳だ。本番中に漠然と感じた懐かしさは、後になって考えてみると「宮川左近ショウ」に通じるものであったらしい。上方文化圏が生んだ稀代のスリーピース・バンドである。

この手の歌謡漫才あるいは浪曲漫才、最近ではすっかり流行らないようだが、軽薄なコミックバンドと違い、「芸」として確立された音楽性と話術の妙には、ライブならではの愉しみに満ちた奥深さがあったなあと今になって思う。
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2011年11月27日

左翼認定

知り合いに極左の演出家がいて、久しぶりに一緒に仕事をする。関係者顔を合わせて雑談の折、舞台監督が彼に尋ねていわく
「今回、何で照明を三谷さんに頼んだんですか?」

件の演出家は迷うこと無く言下に
「そりゃあ、左翼だからに決まってるじゃないですか」

決まってるのか、それは?

私自身、若干左翼気味であることを否定はしないが、それほど当然のこととして語られるのは些か心外であった。もちろん、明示的に「左翼だから」という理由で仕事を依頼された経験は、これまで無い。

私は、そこまであからさまに左翼だったのか。まだまだ自覚が足りないようだ。

ちなみに公演は年の暮れも押し詰まった頃である。
普通劇場パフォーマンス『じぱんぐ零年』
はてさてどうなることやら。

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