2020年07月02日

校則に足りないもの

私は校則が嫌いだ。もう何度も書いたはずだと思って当ブログを検索したら一度も書いてなかった。なので35年前から思っていることを書く。未だに残る理不尽な校則は、日本社会が脱却できない、あるいはしたくない戦前レジームの体現だ。

つい先日も、こんなことが報道されている。
高1女子の髪は「色が目立つ」、教員4人がスプレーで黒染め(読売新聞)

この事例など、もはや普通に刑法犯罪の域だと思うが、校則の内容がバカらしいという話はひとまず置く。内容以前に校則というものは形式としてどうなのか。ルールは守らなきゃダメという人は多いが、そもそもルールと呼べる代物なのか。

ルールなんだから守らなきゃ、と言うのなら、それなりの要件が先に求められるはずだ。少なくとも「誰が、どのような権限に基づいて決めたのか」「改正の手続き」、この二点が当該校則内に明記される必要がある。そうでなければ、それはルールの名に価せず、勅語と変わらない。

さらに言うなら、「制定の目的」も明確にされる必要がある。校則の二大コンテンツは道徳訓示と私権の制限だ。目的と手段は整合しているのか、目的のためにどこまで私権は制限されうるのか、という話をしなければならない時に、目的それ自体が正当でなければ話にもならない。以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ、では困るのだ。

件の報道に対して、ネット上では「嫌なら入学しなければいい」という意見も多く見られた。しかしこれは県立高校の事例だ。そもそも何のために県立高校があるのかという目的を考えれば、「黒髪が嫌なら入学するな」という考え方は、その目的を見失っていると言わざるを得ない。
 
 
posted by 非国民 at 19:16| Comment(1) | 教育と学校 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月07日

やっぱり日本の学校はダメなのか

「文科省、“次亜塩素酸水”を噴霧しないよう通知」
という報道を見て準失業中の冴えない気持ちがさらに落ち込む。まともな大人なら、誰が考えたって空間噴霧はNGでしょうに。

明らかに効果は無く、しかも効果の無いことをやることで消毒したつもりになってしまうという大きなデメリットがある。

こんな当たり前のことさえ「上」から通達されないと判断できない学校の現場は、本当に大丈夫なのか?

posted by 非国民 at 02:19| Comment(0) | 教育と学校 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月24日

教員による暴力を体罰と呼ぶのは止めよう

言いたいことはタイトルに尽きる。

暴力の行使は、いかなる意味でも教育という営為とは関係しない。生徒を殴る教員というのは要するに人を殴るのが楽しいだけなのだ。ただの暴行であり、ただの犯罪者でしかない。
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2008年08月13日

教育勅語を読む

gegengaさんの記事で紹介されていた渡部昇一の妄言があまりに面白過ぎて、勢いに乗って教育勅語を読んでみた。ちゃんと読むのは本当に久しぶりだ。まあ、そうそう読みたい物でも無いが。

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2006年12月13日

道徳教育の可能性

巷の年寄りどもは、とかく「道徳」が好きらしい。
ことあるごとに道徳教育の必要性が喧伝される今日この頃であるが、一方で、道徳教育の可能性については深く考えられていない。
そもそも学校で道徳を教育するなどということが可能なのだろうか。

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2006年05月10日

日本人の伝統

家の中では靴を脱ぐことになっている。

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2006年05月07日

お前ら何なんだよ

最近の調査によれば、アメリカ人の実に60%が地図上でイラクの位置を答えられないのだという。一体全体どういうことなんだ。戦争してんだろ、お前ら。

いや、アメリカ人がたいてい馬鹿なのは知ってるし、日本にだって馬鹿はいっぱいいる。そういう私だって、例えばコンゴ共和国とコンゴ民主共和国がどっちがどっちだか思い出せなかったりするわけだが、いくらなんでもこれは酷すぎないか。イラクだぞ。

世界地理の知識とか学力とかいうレベルの話じゃない。
単純に「イラクがメソポタミア文明の地であること」「メソポタミアという言葉の意味」この二つだけでも知っていれば、もう答えられない筈が無いと思うのだ。
おかしいと思う私は、何か間違っているのだろうか?
posted by 非国民 at 23:58| Comment(11) | TrackBack(0) | 教育と学校 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月14日

学校より自分を大事にしよう

何とも呆れ返るような話であるが、どうやら本当らしい。
新教育基本法案
ここまで来ると「教育されない権利」というものを、きちっと主張しなければならんでしょうね。

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posted by 非国民 at 23:30| Comment(2) | TrackBack(4) | 教育と学校 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月13日

都立大と首大

ここ何日か一緒に仕事をしている中に、都立大に通う学生さんがいる。

ふと学校の話になり、
「そう言えば、今は首大(クビ大)なんだっけ」と振ったら
「私は東京都立大学に入学したんです。卒業しても、都立大出身だと言います。首都大学なんて知りません」と真顔で言われてしまった。

ま、そりゃそうだよなあ。「クビ大卒業」じゃあ、あんまりだ。

教員はまだ、辞めて他所に移れるから良いのかも知れない。学生はそういう訳にもいかないのだから、その心中は察するに余り有る。

ちなみに、学部によっては半分近くの教員が去ってしまったらしい。もちろん、名前だけが理由じゃ無いと思うけど。
posted by 非国民 at 01:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 教育と学校 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月09日

神聖なる高校野球

高校野球に全く興味がない。これは私が非国民になる前からである。 もともとスポーツ全般に関心がないのだ。

高校野球が年に2回あることを漠然と知ったのは、自分が高校生になってからである。
それまでは、“高校野球”というものが春から夏にかけてダラダラ行われているのだと思っていた。
非国民以前に非県民体質なのかも知れない。

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posted by 非国民 at 15:27| Comment(2) | TrackBack(1) | 教育と学校 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする