2014年04月19日

健忘の府

閣議決定された「エネルギー基本計画」があまりにも酷過ぎて、笑っている場合ではないんだけど、もう笑うしかない。福島の事故がまるで全く無かったかのような「計画」は、一体どこの国の話をしてるのかとさえ思う。

福島の事故の教訓から真剣に学べば原発の安全性は飛躍的に高まる。それは間違いないと私も思う。その場合にコストはどうなのかと言う話は当然あるけど。しかし今回の「計画」では、事故から何かを学んだとは思えない状態で原発を再開しようとしている。あれほどの大事故、しかもまだ進行中であり、日本人の意識を根底から変えてしまったに違いない事故を忘れ去って、ただ漫然と「以前の状態に戻す」ことに果たして意味があるのだろうか。

現実的に考えれば、もはや日本では新規の原発立地計画は無理なのだから、いずれ原発はゼロにならざるを得ない。安定供給も何も、それを前提にした計画以外にはあり得ないと思うのだが。あるいは、電力供給という話からは少し外れるが、原発以外に殆ど産業がないという町をこの先どうしてくのか、そっちを考えるべきだと思う。
 
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2013年12月03日

揺れる

久しぶりにビッグバンドの仕事。Mondaynight Jazz Orchestra。アマチュアながら演奏技術は確か。カウント・ベイシーやらデューク・エリントンやら。あるいは武満徹の難解な曲を美しく聴かせたり。

やっぱスイングは良えのお。
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2013年11月30日

男社会の裏側で

少し前に関わった仕事だが、ハロウィーンの仮装パーティ。

というのは表向きで、実質的にはトランスジェンダーの集う女装パーティーであった。もちろんそればっかりじゃないけど、参加者のざっと8割程度はゲイであろうかという感じ。一般参加NGのプライヴェートな催しであったが、なかなかの盛況で、まあ驚くほどのことじゃないんだろうけど、結構いるもんなんだなあと改めて認識する。

東京という街の、こういう処が私は好きだ。
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2013年11月27日

権力の酩酊

稀代の悪法「秘密保護法」案が衆議院で可決とか。まあ半ば予想されたこととはいえ、議員諸子の鈍感さに改めて驚き呆れる。行政権の長たる首相が「第三者」であるという詭弁は笑止としても、権力を手にした者が如何に短時間でその権力に酔ってしまうのか、その挙動たるや正に実験を見るがごとし。

自分たちが野党になった時に、かかる悪法がどれほどの枷となるのか、多少なりとも想像力が及ばないものだろうか。あるいは未来永劫にわたって自分たちは権力を手放さないという意思表明なのか。
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2013年11月07日

再びプラハオペラ

今回は『魔笛』。Becherovkaの件でお世話になった通訳T氏とも再会する。

またしてもT氏を質問攻めにし、あれやこれやと教えて貰う。やたら立ち入ったことを訊いてくる中年の照明屋を通訳氏は嫌がりもせず(まあ本当は面倒くさいと思ってたのかも知れないが)、話はボヘミア/モラヴィア/スロヴァキアにおけるエスニックアイデンティティの諸相、ズデーデンから追い出されたドイツ系住民の望郷、ロマがどうして嫌われるのかと、果てしなく広がる。

プラハオペラと言ったが、正しくはプラハ国民劇場である。チェコのナショナルシアターにおいてドイツ語のレパートリーが上演されるということを、現在のプラハ市民はどう思っているのだろうか。ナショナルシアターの演目に字幕が付くことを何とも思わないのだろうか。あるいは、そのことについて追い出されたドイツ系住民の思いや如何に。知れば知るほど「nation」のヤヤコシさに突き当たる。

少しばかり詳しいことを言うと、チェコ人がチェコ語で上演される劇場を自分たちで作ったのが本来の「国民劇場」。それに対抗してドイツ系住民がドイツ語で上演される劇場を作ったのが、今回のカンパニーの元である。共産党時代に両者が統合されて(というか一緒くたに国有化されて)今日の国民劇場に到っている。そもそもモーツァルトが『魔笛』を書いた時代には、プラハはドイツ語圏だったわけで、それも含めてプラハの歴史と文化が成り立っているわけだ。かつてのプラハはチェコ人、ドイツ人、ユダヤ人が入り混じる多文化の地だった。「今ではドイツ人もユダヤ人もいなくなってチェコ人だけだから、つまらない」という人もいる。

意外だったのは、現在のチェコにおいてカトリック教会の影響力が皆無だという話。教会なんて行ったことが無いという人も珍しくないそうで、カトリック信仰が非常に盛んなスロヴァキアとは対称的だ。チェコでは共産党政権の以前からカトリック信仰は薄かったそうで、まあヤン・フスの故地だったりもするからなんだろうけど、本当に面白い所だと思う。

ちなみに、ずっと気になっていたクリスマスの鯉についても訊いてみた。T氏いわく「激不味です!」。
posted by 非国民 at 03:48| Comment(8) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月28日

マツコさんには興味が無いけど

ちょっと前に関わった舞台で、素敵に体格のよろしい方が出演していた。同業者が「マツコだ。。。」と感心したように言う。

さてマツコさん、名前だけは聞いたことがあるが詳しいことは何も知らない(実は見たこともない)ので、
「マツコさんて、何する人なの?」と件の同業者に尋ねる。

「本当は男なんだけど女装趣味でガチホモで・・・」と長い答えが返って来たが、「女装」と「ホモ」が当然のように繋がっているその言い回しに何か引っ掛かる。異性装にも様々な類型があって、セクシュアリティーの問題とは必ずしもリンクしないと思うのだが、同業者の認識や如何に。仕事中だったこともあり、その点は深く掘り下げることもなく会話は途切れてしまった。

そっちの世界に興味が無い人の一般的な認識は、やっぱりその程度なのかな。私だって、そんなに凄く興味がある訳じゃないんだけど。
 
posted by 非国民 at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月19日

秋の夜長に首縊り

「8月は割とヒマだから。。。」とか言って同志やきとり+黒木氏と杯を傾けたのが8月の10日。以来、なんだか分からぬうちに細かい仕事が舞い込んできて、あれよあれよと気がつけば昨日まで全く休みなしの働き詰めと成り果てた。

漸く少しは余裕ができ、いつの間にか夜も涼しくなって、さては読書の秋とばかりに取り出したるは何の因果か横溝正史『病院坂の首縊りの家』。秋の夜長にミステリーと格好つけるには、いささかズレているような。

こういうところが「奇人」扱いされる所以なのかと軽く自覚する。
posted by 非国民 at 22:24| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月06日

「固有の領土」とは何か

例によって内閣府がつまらぬことに金を使っている。先日発表された竹島に関する特別世論調査によれば、竹島が「歴史的にも国際法上も明らかに我が国固有の領土であること」を「知っている」人は6割ほどだったとか。

不勉強な私は「知らない」に一票なわけだが、正直どうでも良いという本根とは別に、「固有の領土」という言葉の意味がよく分からない、いや全く分からない。「日本の領土」と「日本固有の領土」とは何かが違うのだろうか。違うとすれば「日本の領土」には「固有の領土」と「固有ではない領土」があるのだろうか。まさかそんな事もあるまいと思うが、やはり分からない。誰か教えてくれないだろうか。

「国際法上も明らか」と言い切るからには、国際法上に「固有」の定義があるんですよね内閣府さん。
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2013年07月31日

山を飲む

夏景炎熱の候、どこまでも日本の未来は暗く
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得体の知れぬ瓶をじっと見る。

毒物業界にとって千葉県とは何なのだろう。近所で入手出来てしまった静岡県産「富士山サイダー」を前にして、その疑問は尽きることが無い。

木村飲料と言えば、斯界では知らぬ人の無い毒物ドリンクのトップブランドである。「カレーラムネ」「わさびラムネ」あたりは特に有名で、わざわざこの記事を読むほどの奇人であれば、一度くらいは耳にしたこともあろうかと邪推する。

「カレーラムネ」も「わさびラムネ」も、実はその近所の店で売っていたのだが、この辺は、まあ何と言うか、あまりにもストレートにその不味さが想像出来てしまうので、さすがに手を出さず。その横に並んでいたのが。今回のブツ「富士山サイダー」だ。安易な想像を許さない不穏なネーミングに臆しつつも手を伸ばす私は、しかし何を期待しているのか。

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飲んでみれば、何の変哲も無いサイダーの味であった。たしかに原材料を見れば何の変哲も無い材料ではある。とは言うものの、同じように何の変哲も無い糖類・酸味料・香料の類いだけで果てしなく不味いという飲み物が、過去に何度も確認されているのだから、人間の営みというモノは奥深い。今回はネーミングだけが不穏というの稀なケースであった。

ただし、何の変哲も無いサイダーをわざわざ好んで飲む習慣は私には無い。おそらく二度と飲むことは無いと思う。
 
posted by 非国民 at 04:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 毒物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月11日

下層民の生き方について

リジー・コリンガム『戦争と飢餓』を読了。河出書房新社2012。食糧をめぐる戦いとして第二次世界大戦を俯瞰した力作である。さしてマニアックな分野とも思えないが4500円。やはり本は高くなる一方だ。

食糧自給率を国単位で考えることの愚かさを改めて思う。少なくとも私にとってはそうだ。自給してなお余りあるほどの資源大国でなければ、いずれにしても戦時下では誰かが飢える。飢餓を植民地や占領地に輸出する場合もあれば、国内での搾取を強化する場合もあるが、私のような都市下層民に充分な配給が廻って来る可能性は甚だ低い。

日本の自給率はカロリーベースで4割程度と言われる。カロリーベースで考えること自体がそもそも無意味なのだが、それはひとまず置くとしても、仮にこの自給率が5割、あるいは6割になったところで、やはり戦争になれば私のところには廻ってこないと考えるべきだろう。

都市下層民の食糧安全保障は「いかにして戦争を回避するか」に尽きる。
posted by 非国民 at 00:29| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする