2009年06月19日

Matia Bazar【Tango】

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懐かしき近未来風景の残像。

たまには昔の音楽を聴いてみよう。イタリアのポップスバンド、マティア・バザールが1983年に出したアルバム。

変なバンドだ。そもそも結成の経緯からして変わっている。紅一点のヴォーカル、アントネッラ・ルッジェーロAntonella Ruggieroを売り出すために、レコード会社が腕利きのミュージシャンを寄せ集めてデビューさせたのがその始まり。結成は1975年だ。今どきではレコード会社の思惑が先行したユニットなど珍しくもないが、当時としては異色だったのではなかろうか。

そんな経緯もあって、もともと音楽的なポリシーは希薄で、メンバーチェンジを繰り返しつつ変幻自在にそのスタイルを変化させて来た。売り出すために結成したバンドであるにも関わらず、爆発的なヒットとは比較的無縁のまま地味に息の長い活動を続けているのが、面白いといえば面白い。

中でも本作『Tango』は、相当な異色作だ。メンバーに加わったばかりの二代目キーボード、マウロ・サッビォーネMauro Sabbione(しかも実はすぐに抜けた)がサウンドプロダクションの中心を担っているらしく、ほぼ全編にわたってシンセによる打ち込みが曲の骨格をなしている。どちらかと言うとアコースティック寄りだった以前のアルバムを思えば、とても同じバンドとは思えない。後のアルバムと比べても、明らかに異質だ。アルバムのオープニングを飾る名曲「ローマの休日」からして、ピコピコの電子アレンジである。おりしも時代はユーロビート前夜。今からすれば安っぽいこの電子音が、当時の最先端だったのか。

当時の映像を見ると、異形感は更につのる。例えばこの「Il video sono io」ヴォーカル、ギター、ベース、キーボード、ドラムの五人組というオーソドックスな編成のバンドにあって、驚くべきことに(呆れるというべきか)メンバーはほとんど楽器を弾いていないのだ。そこに溢れ返るのは、スタートレックのワンシーンかと見まごうばかりの、今となっては懐かしい80年代的近未来の表象。こいつらは一体何がしたかったのか、観るほどに、そして聴くほどに、謎は深まるばかり。

それでいて、この『Tango』が駄作なのかというと、決してそうではない。巷にゴミのように転がる凡庸なシンセ音楽と決定的に一線を画すのは、何と言ってもヴォーカルの凄さだろう。本当にこの人はただ者ではない。初めて聴いた時、漠然と「さすがオペラの国の人だなあ」と思ったことを覚えている。どこか人間離れした声質と深く生々しい表現力の同居した彼女のヴォーカルには、むしろ人工的な電子音が相応しいとさえ思える。「Elettrochoc」では、その凄みが遺憾なく発揮されている。しかしまあ、大好きな曲だけど、こうして改めて映像を見ると、本当に何がしたかったんだろうこのバンドは。しかも「電気ショック」って何だよ?


ちなみに90年代に入ると、あろうことかバンドの核たるべきアントネッラ・ルッジェーロが脱退しソロ活動を始めてしまう。マティア・バザールの歴史もここまでかと思いきや、何と彼らは二代目ヴォーカルを迎えて活動を再開する。おいおい、そもそも何のためのバンドだったんだよ。イタリア人の考えることは分からん。そんなこんなで、マティア・バザールは今でも活動中だ。結成から34年、出したアルバムは既に40枚を超えた。オフィシャルサイトはこちら
posted by 非国民 at 06:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽;南欧 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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