
ロック魂が溶融する危険な瀬戸際
ブライアン・フェリー。言わずと知れたフェリーさま、である。
得体の知れないミュージシャンだ。独特のふにゃふにゃしたヴォーカルからは、良くも悪くも男性的で粗暴な「力」に裏打ちされたロックという制度的な硬直性を根底から溶かす危険な美学が薫り立つ。屹立したファルスから最も遠いイメージの地平で繰り広げられるその倒錯的なパフォーマンスは、いわばロックにおけるマゾヒズムを追求する魅惑的な脱構築なのだ。
ロキシー・ミュージックの初期、イーノと張り合ってバッチリ化粧をキメていた時期からその兆候はあったが、ソロになってからのフェリーは、倒錯力に更に磨きが掛かって来た。異装(ドラッグ)に頼ることなく、スーツにネクタイという型通りの男の制服を身に纏った上で型通りならざる生成変化を試みる彼の夢想は、年齢を重ねるとともに明瞭に危険度を増しているように思われる。
本作【Taxi】は、カヴァーの達人でもある彼が1993年に出した傑作カヴァーアルバム。ちょっと古めのブルースやソウルを中心に構成されていて、フェリー自身の曲は10曲中ラストの1曲だけだ。比較的地味な選曲だけに、その危険な倒錯ぶりが際立っている。
一曲目の「I put a spell on you」から既にヤバい気配が充満している。Screamin' Jay Hawkinsが1950年代に歌ったのがオリジナルだが、もう全く別物である。この曲は割と色んな人が歌っていて、Nina Simoneの歌も凄みがあるが、フェリーのカヴァーはそれとも全然違う。紛う事なきロックと化していて、しかもまるっきり最初からそういう曲だとしか思えないほどにキマっている。これぞ達人による曲芸であろう。
音の厚みが気持ち良い。インナーの記載を見ると、この曲だけでヴォーカルとピアノのフェリー以外に10人もの名前がクレジットされている。ギターだけもで4人だ。一人一人は単調なリフを弾いていても、それを贅沢に重ねることで奥行きのある迷宮が現出している。それにしても、このPVの何と奇怪なことか。このイメージ世界こそが、まさしく「マゾヒストの夢」なのだろうか。
タイトル曲の「Taxi」は必聴。試聴サイトをリンクしておいて言うのもなんだが、これ一曲だけでもアルバムを買う価値はあるだろう。「力」の欠如したロックの極限を存分に堪能出来る。オリジナルはJ. Blackfootが歌った甘々のソウルバラードだが、やはり全くの別物になっている。この曲でもフェリー以外に10人がクレジットされていて、ギターは3人、ドラムも3人だ。1曲にドラムが3人という録音も常識外だが、力の抜けた重厚さが本当に素晴らしい。ちなみにベースはNathan East。余談だが、この人、妙に気になるベーシストだ。何処がどう凄いって訳じゃないんだが、私のハマる音楽にやたらと登場する。当たり前だが、やはり良い音楽はベースが良い。
ジャケットの渋い写真はアントン・コービンAnton Corbijn。危険な美学を撮らせたら超一流の要注意人物だ。そういえば、以前紹介した「お耽美の極北」も彼の仕事だった。
わたくしが思うにロックの重要な要素の一部分は空元気、疲労感、黒人音楽への憧れと諦念とそこから来る開き直りなので、フェリィさんは正しくロックです。
最近知り合いからいただいたBS1の「みんなロックで大きくなった」の録画(日本語タイトルはもう一つですがBBC製作)を見ているのですが、その中の「アート・ロック」という回に、フロイド、ボウイ、ジェネシスなどと並んでロキシーが大きく取り上げられてました。
2000年代のフロイドやジェネシスは聞く気も起こりませんが、彼らとフェリィさんの音楽を隔てるものは、やはり黒人音楽との関わりなのかな。
>空元気、疲労感、黒人音楽への憧れと諦念とそこから来る開き直り
というのはちょっと分かります。もっとも、私が分かるくらいですから、やはりロックのメインストリームではない気がします。
なんだかんだ言ってエアロスミスが凄えなあと思うのは、やっぱり奴らブルースバンドなんですよね。しっかりしろよストーンズ・・・