
原因不明のマジャール民謡ジャズ。
ハンガリーの実力派トラッド歌手、サローキ・アーギの2005年アルバム。これは間違いなく傑作だ。
オリジナル曲は無く、全編ハンガリーのトラッドなフォークソングが歌われている。ゆったりとしたテンポで、ハンガリートラッドの中でもとりわけ哀愁を帯びたハルガトーhallgatóと呼ばれるスタイルの曲。そして、何故かこれがとびっきりクールなジャズなのだ。何の因果か、腕利きのジャズマンたちが素朴な民謡のバックを固める。
フォークソング、あるいは民謡と言ってしまっても良いが、これがコンテンポラリーなポピュラーミュージックと融合して新たな展開を期するというパターンは、さほど珍しくない。時にはロック化し、時にはメタル化し、あるいはヒップホップやクラブミュージックと結びついたりもする。インストのバンドではジャズっぽいアプローチもあったりする。しかし、ヴォーカルものでここまでがっつりとジャズってのは、ちょっと聴いたことが無い。全く理由が分からない。分からないけど、これが素晴らしく良い。
ハンガリーというところは、ヨーロッパの中でも相当に異質だ。国名の由来は「フン族の地」。フン族が何者で何処からやって来たのか正確に答えられるものはいないが、少なくとも東から来たことは間違いない。かつてコダーイはハンガリーの民謡やわらべ歌に多用されるペンタトニックスケール(5音音階)の研究を通じて、マジャール人(ハンガリー人)の故地をウラル山脈のあたりだろうと言った。その推定は言語学的にも概ね正しいとされている。マジャール語はフィンランド語やエストニア語と同系のウラル語族で、ヨーロッパのほとんどの人が話すインド=ヨーロッパ語族(印欧語族)とは全く系統を異にする。人の名前だってアジア式に姓名の順で呼ぶ。サローキ・アーギはサローキが苗字でアーギが名前だ。母音調和を持つ膠着語の非ヨーロッパ的な響きは、ちょっと懐かしい不思議な情感を極東の非国民に想起させる。
それにしても、この心温まる音は何なんだろう。がっつりモダンジャズのテンションコードがそこかしこに氾濫しているのに、よく聴くと、そんじょそこらのジャズとは明瞭に違う。それは、曲によっては本当に5音だけで構成される素朴なメロディのせいか、はたまた、どこから声が出ているのか見当もつかないミステリアスなヴォーカルの妙か。
参加メンバーは、ヴォーカルのサローキに加えて、ピアノ、ギター、ベース、テナーサックス、パーカッション。半分くらいの曲はテナーを抜いたカルテットでのバックだが、ヴォーカルのみのアカペラあり、ピアノとのデュオあり、テナーとのデュオあり、ベースとのデュオもありと、なかなか凝っている。テナーサックスと女性ヴォーカルのデュオってのが、ちょっとアヴァンギャルドな雰囲気を醸してカッコイイ。オープニングにカルテットで伴奏した同じ曲をラストにヴォーカルとベースだけで聴かせるという構成も渋すぎる。
概して歌詞は短い。民謡というよりも、わらべ歌に近いのだろうか。サラッと歌えば2分ぐらいの曲が、このアルバムでは5分とか6分とかになっている。ギターソロ2コーラスにピアノソロ2コーラスとかだったりして、ジャズだと思えばそれはそうなのだが、やはり並の歌モノとは一線を画す覚悟のほどが窺われる。
ジャズとして聴いても、相当高い水準にある一枚だ。もともともハンガリーのジャズはヨーロッパでも一目置かれる存在だし、本アルバムのメンバーもかなりの強者ぞろいと見た。ヨーロピアンジャズの持つ、ちょっとメランコリックな倦怠感を巧く保ちつつ、東欧的な和音の使い方もあり、それでいて雑然とした感は皆無で、どこまでも端整。そこにあからさまに非ヨーロッパ的なヴォーカルが優しく漂うさまは、まさに辺境音楽ならではの快楽。
オフィシャルサイトで試聴出来ます。
本アルバム2曲目の「Te merel e luna」は濃厚なジャズ素の奔流が素晴らしい。
3曲目の「Elrepült a vándormadár」では東欧〜バルカン流の奇怪なヴォーカルと端整なモダンジャズとの幸福な出会いを堪能出来る。
非国民が文句無しに絶賛する本作の白眉は、last.fmで試聴出来る7曲目の「Kinek van, kinek nincs」。ドラムの入らない気怠いレガート感は、まるでジョン・ルイスの弾くフーガを思わせる美しさだ。リリカルなサックスの丁寧なフレージングもピアノも歌も、全てが緻密に織り上げられている。痺れるべし。
検索用:szaloki agi, hallgato,Elrepult a vandormadar」
うけました。
( ´∀`)つ ミ
2曲目「Te merel e luna」はモロにジャズだし、ジョン・ルイスの「ジャンゴ」を彷彿とさせる
「Kinek van, kinek nincs」は特に素晴らしい。ピアノとギターは特に「ジャズの人」という感じですね。
極めてスタンダードなモダンジャズのアプローチで、本人たちは普通に
ジャズをやってるつもりなのかも知れませんが、やはりコードのセンスの端々に異物感が光ってます。東欧的というのとも違う気がするし、この不思議な魅力の源は、私にも解明し切れていません。
ハンガリーはヨーロッパ屈指の温泉国ですが、それでもダメですか?