
蘇るクメール・ロック伝説
さほど知られていないが、かつてのカンボジアは東南アジア屈指のロック大国であった。1970年頃の音源を集めたコンピレーションアルバムが出ているが、これがいま聴いても凄まじくカッコイイ。当時世界各地でそうだったように、カンボジアでも絢爛たるロック文化が熟していたのだ。だが、その頃活躍したミュージシャンは一人も残っていない。逃亡したり身を隠したりした者もいただろうが、そのほとんどはポル・ポトの粛清によって殺されてしまったと見られている。ポル・ポト政権がロックというものを「悪しきアメリカ資本主義の象徴」として(まあ確かに一面では真実であるが)目の敵にしたからだ。
現在のカンボジアでは再び多くロックバンドが活動していて、彼らは全くの「ロック第一世代」であるが故の新鮮な面白さに満ちているのだが、一方で往年のクメール・ロック伝説を今に蘇らせる希有なバンドが存在する。それが今回紹介するDengue Fever。こともあろうに「デング熱」を名乗る彼ら、皮肉なことにアメリカのバンドである。紅一点の在米カンボジア人ヴォーカルと5人のアメリカ人で構成されている。2001年に結成され、主にL.A.を中心とした西海岸で活動しているらしい。この『Venus On Earth』は2008年に発表された3枚目のアルバム。
ちょいと調べた所では、このバンドのコンセプトは、「旧き良きカンボジア歌謡曲+サイケデリック・ロック+アメリカ西海岸サーフミュージック」なのだそうだ。聴けば聴くほどに、そのコンセプトは貫徹されていて、見事という他ないが、そもそも斯様なコンセプトにいかなる意味があるのだろうか? それは全くの謎である。
とにかくその音楽の、何と奇怪にして豊穣なことか。ギラギラした光沢を持つサイケな質感に、とてつもなく下品なオルガンやホーンが相俟って、えも言われぬB級な情緒を醸し出している。その危うさは、例えば「昭和の歌謡曲」にさえ通じてしまいそうだ。加えて、ヴォーカルのChhom Nimol(なんて読むんだ!)が歌うクメール語の響きが、更なる異界へと聴く者を誘う。その異界には、熱帯の風さえ薫る「ゆるゆるグラムロック」が爛熟していたのである。
コレがアルバム一曲目の「Seeing Hands」。この懐かしくも危険な香りが堪らない。全編この調子なのだ。ギトギトと下品なB級テイストも、ここまであっぱれに開き直られると、いっそ爽快でさえある。レトロでありながら、もはや唯一無二の世界を構築していると言えるだろう。
特に爽快なのはラスト曲の「Mr. Orange」、あるいは「Laugh Track」といったところだろうか。爛熟し切った猥雑感を、是非お楽しみあれ。
で、私が好きな「アメリカ西海岸サーフミュージック」はどこに行ったんだ!と思っていたら、「Mr. Orange」がベタで素晴らしいですね。こっちは紅白にも出場した「ミケ」というお姉ちゃん三人組を思い出しましたよ。あ!やっぱり「昭和の歌謡曲」につながった!(笑)。
「ピーター・ガン」がちょっと入った「Laugh Track」が私の好みかなあ。
サーフミュージックがネバネバでギラギラというのは凄いことだと思うんですが、さすが同志はジャズ道で修験を積んでおられる達人、この程度では動じないんでしょうか。
「Laugh Track」が「ピーター・ガン」だというのは気付きませんでした。なるほどそう思って聴いてみると確かに入ってます。しっかしまあ、品の無い音だなあ。そして、事の重大さを全く理解していないかのような妙にノリの軽いヴォーカル。その落差が実に素晴らしい。
音楽ネタっていうゆるいくくりで・・・お茶を濁す(笑)。