2006年06月12日

Omar Sosa【Sentir】

omarsaosa.jpg

母なるアフリカの真実が、私たちをひとつにする。
                  ━━ オマール・ソーサ ━━
 
宮崎賢太郎の『カクレキリシタン』という本がある(長崎新聞新書2001)。
とんでもなく面白いので、宗教学に興味のない方もぜひ読んでみる事を勧めるが、それはともかく、この本の中で著者は、キリスト教文化の普遍性と多様性について述べている。
かつてキリスト教が布教された場合、そのキリスト教とはヨーロッパスタイルのキリスト教を意味するということが大前提として暗黙のうちに了解されていた。
受容する側も、ヨーロッパスタイルのキリスト教が唯一の範とすべき正統なキリスト教であると思い込んでいたのではなかろうか。
しかし今日、ヨーロッパ文化が世界最高の文化である、などという認識は過去のものとなった。ヨーロッパのキリスト教も、ヨーロッパという一地方の文化の中で育ったローカルなものに過ぎず、決して世界中どこでもそのままの形で受容されうるような普遍性を持つものではない。
アフリカ諸国に受容されたキリスト教は、アフリカキリスト教であって、アフリカにおけるヨーロッパキリスト教ではない。フィリピンにはフィリピンキリスト教、ブラジルにはブラジルキリスト教、なのである。近年では韓国のキリスト教化が著しいが、そこにはやはり、韓国の土着文化と深く結びついた韓国スタイルのキリスト教が見られる。

前置きが長くなったが、要するに言いたいのは、音楽の世界でも同じ事が起きているのだということである。
共通語として世界に広まった西洋音楽の影響のもとに、各地で様々なハイブリッド音楽が結実したことは言うまでもないが、今回着目するのは、もう一つの大きな水脈、ブラックアフリカ。

Omar Sosa。サンテリア(*1)信仰をルーツにアフロ・キューバン・ジャスの最先端を突き進むピアニストである。
ジャズをベースにしてはいるが、世界の黒人文化を音楽的に統合する彼の試みは、極めて独特でありながら変幻自在なスタイルとなって現れている。
「みな同じ母親から生まれた音楽なんだ。話が出来ない訳がないだろう? ただみんな方言で話しているだけなんだからね」と彼は言う。

このアルバム【Sentir】はモロッコのミュージシャンたちとの出会いから生まれた。モロッコのグナワ音楽。それは、北アフリカがアラブ化した後にサハラを超えて連れて来られた黒人奴隷たちの文化である。
他にもアメリカ、キューバ、ベネズエラ、エクアドルなど、世界中から集まったミュージシャンが共演している。
その果実の、なんと豊穣なことか。ここでは、アフリカを母にそれぞれの地で育った音楽的要素が、再び一つに織り合わされている。様々な文化間のブラザーフッドを祝祭することで先祖の音楽が蘇ったのだ。
オマール本人いわく「自分たちのルーツや伝統を捨てることなく、いかに私たちが一つの音楽を生み出すことが出来るかということを示す強力な例である」。

こちらのページで少し試聴できます。
http://www.melodia.com/omar/recordings.html
祈りの様な静謐さに満ちたTres Notas en Amarilloの美しさを是非聴いて欲しい。
ヨルバ語(*2)で歌っているのは、Martha Galarraga。

最後に再びオマール・ソーサの言葉を記しておく。
「アフリカは泉、アフリカ的なもの全ての源だ。アフリカという一本の線が延びていく……ブルキナファソからキューバ、モロッコからブロンクス、ブラジルからエクアドルへと……。アフリカンミュージックの源泉全てが私の生きる糧となる・・・そのどれもが同じ精神から湧き出るものだから。だからといって自分一人で何から何までする訳ではない。私は単なる媒介者に過ぎない」

*1 サンテリア
キューバの民間信仰。西アフリカ土着の精霊信仰とカトリックが融合したもの。
似たような信仰形態はラテンアメリカに広く見られる。ブラジルのカンドンブレもその一つ。

*2 ヨルバ語
西アフリカ、ナイジェリア地方に住むヨルバ人の言語。
キューバ黒人の多くはヨルバ人をルーツとするが、現在のキューバでは日常語としては途絶え、サンテリアの祈祷語として残っている。
アンジェリーク・キジョーAngelique Kodjoもヨルバ語で歌うことが多い。
posted by 非国民 at 19:14| Comment(10) | TrackBack(0) | 音楽;中南米 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
音楽の話つながりで、これからもよろしくです。

数年前のSWITCH(たぶんアラーキーの特集号だったはず)に掲載されていたオマール・ソーサのインタビュー記事を読んで、若いわりに、すごく生マジメでストイックな行き方を目指しているミュージシャンだなあという印象を受けた覚えがあります。

で、HPの映像を見るにつけ、すこし印象が変わりましたねー。

「過剰なスピリチュアル」みたいなのには最近ウンザリな私ですが、60年代後半生まれの心ある音楽家なりの、軽快なフットワークはすごく共感できるかも。

同郷のゴンサロ・ルバルカバは才能がありながら、日本のジャズ・ジャーナリズムに消費され尽くした感がありますが・・・。あのピアノの善し悪しは別として。
Posted by やきとり at 2006年06月14日 01:36
こちらこそ、よろしくです。
>「過剰なスピリチュアル」みたいなのには最近ウンザリ
これは最近どころかずっと前から私もそうなんですが、オマール・ソーサについて言えば、あまり感じません。
何ででしょうかね?
音楽的な完成度が高ければ、そういうことはあまり気にならないのかな。「過剰なスピリチュアル」が鼻につくってことは、単に音楽としてツマラナイだけなのかも。
「セロニアス・モンクの哲学に基づいて音楽をやっているんだ」と彼は言います。その精神は、正しくジャズ的な意味で、自由を希求しているようです。

ゴンサロ・ルバルカバはねえ・・・。
チャーリー・ヘイデンとの【Nocturne】なんか、私は結構好きなんですが、ちょっと恥ずかしくて言いにくい雰囲気になってしまいました。
(言ってしまったじゃないですか!)
Posted by 非国民 at 2006年06月14日 23:16
●Fei Guominさん
おお、オマール・ソーサですか。以前アフロ・ブラジルのカンドンブレからヨルバ族に興味を持った事があります。

マドレデウス (Madredeus)
http://music-review.info/article/19069283.html
へのコメントありがとうございました。いつも情報ありがとうございます。テレーザ・サルゲイロの透き通るような歌声は、マリア・アナ・ボボンやクリスティーナ・ブランコ等、最近のファド歌手に通じるものがあるような気がします。早速聴いてみたくなりました。
Posted by ゲスト at 2006年06月15日 02:12
pontyさん
ををブラジル。私には、まだまだ秘境です。
カンドンブレについても実はほとんど知らないのです。
これからも、いろいろと教えて下さい。
Posted by 非国民 at 2006年06月17日 00:51
●Fei Guominさん
ご丁寧にありがとうございます。Fei Guominさんの情報はいつも正確で助かりますw今後ともどうぞよろしくお願いします。

カンドンブレについては面白いサイトを教えてもらったことがあります。よろしかったらご覧ください。
http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Jupiter/1337/NewFiles/orixa.html
Posted by ゲスト at 2006年06月19日 04:08
ご紹介、有り難うございます。
このページは面白いですね。
私もバイーアあたりを入り口にして秘境ブラジルを極めていこうかな。
Posted by 非国民 at 2006年06月19日 21:52
「カクレキリシタン」ゲットしました♪
不謹慎かも?なんですが、オラショは以前から一度聞いてみたいものだと思っていたものです。

「積ん読」の上に載っけてしまっていますが、近いうちに読みたいと思っています。
ご紹介、ありがとうございました。
Posted by ゲスト at 2006年06月28日 12:13
おお、素晴らしい。
この本は本当に面白いので、読んで損はしないはずです。アキラさんなら間違いないでしょう。
時々面白すぎるので、gegengaさんは腰が直るまで我慢した方が良いくらいの本です。
Posted by 非国民 at 2006年06月29日 01:46
確かlivedoorからのTBは貼れませんでしたよね。
それから、タグがききましたよね (^o^)。

書きましたので、貼っておきます。
すごい面白かったです! ありがとうございました。
『カクレキリシタン その1
Posted by ゲスト at 2006年08月09日 10:56
おめでとうございます。
さっそく、そちらも読ませてもらいます。
Posted by 非国民 at 2006年08月09日 18:39
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