長い間知人に貸したままになっていたビデオが戻って来たので、久しぶりに見る。
何度見ても凄い。
映像美の極致である。
とは言うものの、一般的な意味で「美しい」作品ではない。一般的な意味で面白い作品でも、全くない。
どちらかと言えば、人間の生理を逆撫でするような映像である。脳の急所をピンセットで摘まれるような。
精緻に構築された不条理。退廃的かつ、時にはグロテスクでさえあるイメージの累積。哀しみの漂う無機質な幻想風景。

見たいとか、見たくない、というレベルの作品では無い。見てはいけないと脳の何処かでセンサーが鳴っているのに、どうしても眼をそらすことが出来ない。
そういう種類の「美」なのだ。
そして私は、何度も何度も、繰り返し見ずにはいられない。
(ちょっと見てみたいあなたは、こちらでどうぞ。)
正直言って、かなりマイナーな映画だと思う。私の周囲には映画好きが少なくないが、それでも『Street of Crocodiles』を見たという人は、ほとんどいない。
で、見た人はこの作品を好きだと言うのか。実は滅多に言わない。
伝説的傑作と高く評価される一方で、時としてカルト映画的な扱いがなされる所以である。
短編であり、全くセリフの無い作品なので、何度見てもストーリーは曖昧である。一種の「映像詩」なので、もともとストーリーを追って見ている訳でもないが、久しぶりに見て、少し気になった。
この作品には、原作があるからだ。
ゲシュタポの銃弾に倒れたユダヤ系ポーランド人作家、ブルーノ・シュルツBruno Schulzが書いた同名の小説、『大鰐通り/Ulica Krokodyli』である。
日本語の翻訳も出ているのだが、たしか、もう絶版で手に入らないんだよなぁと思いつつ調べてみると、何と去年平凡社ライブラリーから出ているじゃないですか。
偉い! 平凡社。さっそく買わなくちゃ。
このようにして、机上に積まれた本の山は、決して低くなることが無いのであった。