
熱帯のメランコリーは不機嫌な暑苦しさに満ちている。
インドネシアのジャズシンガー、Syaharaniの2002年作品。
巷間伝え聞くところでは、トリップホップ風の異色作、なのだ。確かに、スタンダードなジャズを歌った他のアルバムとは相当に趣が違う。
不勉強にしてトリップホップなるものを知らなかったので、少し調べてみた。簡単に言ってしまえば、ヒップホップからダンス音楽の要素をごっそり抜き去った音楽である。ダブやスクラッチなどのヒップホップ的手法を残しつつも、基本はダウンテンポのブレイクビーツで、全然踊れない音楽になっている。別名ブリストル・サウンドとも呼ばれ、Massive AttackやPortisheadなどに代表されるらしい。
なるほどねえ、Portisheadか。伝え聞くところでは、Syaharani本人もPortisheadはお気に入りのようだが、たしかにこの不機嫌さは通じるところがある。徹底したノリの悪さも。。。
熱帯ならぬ日本に暮らしていると、ともすれば「熱帯の音楽=ゴキゲン」と、短絡的に連想してしまいがちであるが、その思い込みをSyaharaniはバッサリと裏切ってくれる。熱帯だからって誰もが年中お祭り気分な訳ではない。当たり前のことなのであるが、日本に溢れる音楽環境に無自覚に浸っていると、そんな当たり前のことをついつい忘れてしまう。
とは言うものの、このアルバムは一口に括れない奥行きを持っている。一見クールな音楽が、それでもなお濃密な暑苦しさを発しているのだ。アツイのではなくアツクルシイのである。高温かつ多湿なのだ。特に、彼女の粘っこいヴォーカルには、半端じゃない湿度が絡み付いている。これが熱帯の憂鬱、なのだろうか。逆説的ではあるが、インドネシアでしか出来ない新しい音楽であろう。
音楽というものは、人間が創る文化なのであって天然資源などではないのだが、その地の気候風土と全く無関係な訳でもない。で、まあ、そこが面白いのである。
オフィシャルサイトで何曲か試聴出来る。1曲目の「Selamanya」から既に熱帯のメランコリーが充溢している。Sujiwo Tejoをフューチャーした2曲目の「Sunyi Suri」も良い。この曲ではダルブッカとおぼしきパーカッションが香ばしいスパイスとして効いている。私が特に好きなのは4曲目、「Berhenti Disini」の不機嫌な暑苦しさが何度聴いても素晴らしい。