
変なヒト
話せば長くなる妙な縁が絡まって入手した、吉野麻衣2011年のアルバム『るり』
このヒトは変だ。つくづくそう思う。もちろん、ヒトという存在は大概がどこかしら変で、全く変じゃないヒトを探す方が難しかったりする。とはいえ、ものごとには程度があって、ものすごく変なヒトと、そこまでは変じゃないヒトが、世の中にはいる。このヒトは、ものすごく変だ。私が言うのだから間違いない。
変な歌を歌うヒトは結構いる。変な声で歌うヒトも、まあ時々いる。しかし歌を通して「ヒトとして変だ」というリアリティが緻密に具現するというのは唯事ではない。さればこそ希有なるべし。むろん歌も声も変なのであるが。
そして、ここが重要なのだが、「ヒトとして駄目」というわけでは全くない。本当は駄目なのかも知れないが、それは歌からは感じ取れない。只ひたすらに変なのだ。隠に篭った「病」の気配もない。健康というのともちょっと違う、どこか過剰に明るく突き抜け感じだ。
曲は全てオリジナル。吉野麻衣による歌とギターのみでほぼ構成されているが、どちらも奇怪なオーバーダブが施されていて、空間に見通しの利かない奥行きを醸している。コーラスの重ね方は特筆して変で、「ちょいと高めの4度」とかいった訳の解らないハーモニーが頻出する。これがまた決して不愉快ではなく、驚異的に危ういバランスの上で成立している。
一方のギターは、タッチもコード進行も繊細かつ常識的な範囲で落ち着いていて、どう聴いても同一人物の仕業とは思えない。その凄まじい乖離には、ひたすら圧倒されるばかり。やっぱりこのヒトは変だ。
吉野麻衣氏は私と同年代である。長生きするのも悪いことばかりじゃない。そんなことを漠然と感じた一枚であった。
こちらでサワリだけ試聴できます。
http://tokyo-suburb.sakura.ne.jp/
そう、ギターはフツーに上手いんです。そのこと自体を驚くいわれはないんだけど、歌があまりにもフツーじゃなくて、もはや上手いとか下手とかいう基軸を止揚した領域なのか。
黒木さん
音程の外し方さえも変、というか、外し方に頑な意志を感じるんですよね。
……やっぱり意図的に外してんだろか?
外し幅の微妙な振幅が面白い。
いずれにしても面白いですね。