
結実する北欧人の共鳴力
スウェーデン最南端に近い都市マルメのTarabband。2008年結成で、本作は2012年のファーストアルバム。
タラッバンドではなくタラブバンドと読むのが正しいのだろう。tarabはアラビア語でecstasy in musicを意味するらしい(*1)。
何でアラビア語が出てくるのかというと、ヴォーカルがアラブ人だからだ。Nadin Al Khalidi。イラク出身の戦争難民である。1980年生まれ。バグダードを逃れてスウェーデンに辿り着いたのが2001年だから、故国での生活は、その殆どが戦争と隣り合わせだったことになる。子供の頃は西洋クラシックのヴァイオリンを学び、長じてはジョーンバエズに憧れ、いずれはパンクバンドを結成することを夢見ていたらしい。アラブ音楽に興味を持ったのはスウェーデンに来てからだという。
バックを固めるのは地元の北欧野郎ども。ギターのGabriel Hermanssonは共同発起人に近い立場で、もともとアラブ音楽に熱心だったが、他のメンバーはそうでもないらしい。基本的にはスウェディッシュフォーク畑のミュージシャンのようだが、広く世界の民俗音楽に通じた達人といった感じがする。
彼らの共鳴力が、不思議な爽快感を醸し出していて心地よい。アコースティックなアレンジだが、アラブ音楽かというと微妙に違うし、もちろんヨーロッパの音とも異質だ。時にキューバの薫りが漂い、あるいはブラジルの風を感じたり。Nadinの書く歌詞は、戦争、亡命、悪夢、PTSDといったテーマが多いのだが、音楽的には、そうした重苦しさを少しも感じない。どこまでも自由に走り続ける。
とりわけ私が好きなのは「Ya Rayes」作曲はヴァイオリンのFilip Runesson。彼もまた、ブルガリア、ギリシャ、トルコ音楽に通じた達人である。ここでは、ちょっとジャズっぽい雰囲気も出している。
「Baghdad Choby」も良い。chobyとはイラクのトラディショナルな踊り(またはそのリズム)。こちらはギターのGabriel Hermanssonが作曲。北欧野郎どもの共鳴力に改めて感嘆する。リンク先の動画では、ひとり「俺は関係ない」みたいな顔でベースを弾いている男がいるが、私にそう見えるだけのようだ。男の名はRomain Coutama。メディアのインタビューではこう言っている。「アラブ音楽は初めてだけど、好きなように演らせてもらってる。このバンドでは、そんな感じで私たち全員の音楽経験がミックスするんです」(*2)
本アルバムの後で結構メンバーが入れ替わったようだ。オフィシャルサイトの情報だと、ヴォーカル、ギター、ヴァイオリンの3人は変わらず。そこに新しいベースが入って4人バンドらしい(*3)。
今では地元スウェーデンのみならず、アラブ圏での人気も高いTarabband、中東各地でのライブも多いが、イラクには一度も行っていない。生き延びたNadinの友達は半分ほどだという。
*1 The Guardian Tarabband – telling war stories through Arab music
*2 al-Ahram Sweden-based Tarabband bring their cultural blend to Egypt
*3 http://www.tarabband.com