
絶滅した音楽、スペースグラス。
ブルーグラス界の超有名ギタリスト、トニー・ライスの傑作。今調べたら1980年のアルバムだった。そんなに前だったか。まあ、最初に買った時はLPだもんなあ。。。もちろん聴き潰してCDでも買った一枚だ。
The Tony Rice Unit。ブルーグラスの世界で既にスーパースターであったトニー・ライスが、何を思ったか「ジャズっぽい感じ」を目指して結成したカルテットである。同名義で何枚かアルバムが出ているが、トニー・ライス以外のメンバーは割と流動的で、実質的には彼のリーダーアルバムだ。そして、ここに発現した摩訶不思議な音楽を、彼は「スペースグラス」と呼んだ。
ブルーグラス本来の基本編成は5人である。ギター、バンジョー、マンドリン、バイオリン(フィドル)、ベースだ。まこと弦楽器好きには天国である。歌は入ったり入らなかったり。全員が立って演奏する。The Tony Rice Unitは、この基本編成からバンジョーを抜いた4人組だ。
クレジットは下記の通り。
Tony Rice - Guitar
Sam Bush - Mandolin
Mike Marshall - Mandolin
Richard Greene - Violin
Tadd Phillips - Bass
マンドリンが二人いるが、曲によってどちらか片方が演奏しているだけで、全てカルテットだ。バンジョーが入らないことによって、ブルーグラス特有のゴチャゴチャ感が払拭され、アコギの一番良く鳴る音域が綺麗に前に出ている。そして、今改めて聴くとベースが良い。ジャズのフォービートとも微妙に違う独特のねっとりしたグルーブで、ともすれば爽やかになりがちな他の三楽器をぐいぐいと牽引している。
今聴いても本当に凄い。テクニックもセンスも凄い。全員が凄い。
全編インスト。一曲だけジャズナンバーが入り、他は全てトニー・ライスによるオリジナル曲だ。一曲だけ入っているジャズナンバーがまた問題で、なんとマイルス・デイビス作曲の「Nardis」。ジャズを知る人なら確実に同意してくれると思うが、これは「ちょっとジャズやってみようぜ」という軽いノリで取り上げる曲ではない。よりによってNardisかよ、というぐらいの話である。この選曲に彼の本気度が出ているような気がしてならない。
さて、このアルバム全編をyoutubeに載せている方がいる。
https://www.youtube.com/watch?v=XsuMmpOhNmE
良いんだろうか、そんなことして。でもまあ、40年前のアルバムだし。ね。
冒頭のタイトル曲がいきなりクライマックスである。一気呵成に畳み掛けるスイング感が堪らない。これを聴いて何も感じない人は、ここで聴き終わって構わない。
そして2曲目が問題の「Nardis」。ジャズの世界では難解な曲とされることが多いが、彼らは物ともせずざっくりと疾走する。そして随所に飛び交うブルーグラスの「手癖」がまた何と言うか、これがスペースグラスかと納得するしかない。
そんなスペースグラスは、わずか数枚のアルバムを残して80年代後半には地上から消える。トニー・ライス本人はオーソドックスなブルーグラスに回帰し、ブルーグラスのスーパースターであり続ける。時に新しいアプローチを試みるも、スペースグラスの更なる進化を追求することはなく今に至る。
本アルバムのメンバーも、それぞれの道へと散った。サム・ブッシュは、エレキマンドリンを手にブルーグラスのロック化を目指し、後に大失敗作(個人の感想です)を残す。マイク・マーシャルとリチャード・グリーンは、ちょうどその頃に勃興したウインダムヒルに活動の場を移した。トッド・フィリップスは相変わらずジャズとブルーグラスの両方で活躍し続けることになる。