2015年07月31日

平和ボケ

なんて言葉は私は嫌いで出来るものなら使いたくないが、安倍さんと安倍さんの取り巻きは、やっぱりボケているなと思う。

だいたいにおいて日本人は戦争が下手だ。向いてない。どこが下手かと言えば、まず戦争の終わらせ方を知らない、というか考えてもいなかった。何しろ「目指せ一億玉砕」だからね。戦争の終わらせ方を考えてもいなかった事から必然的に帰結するが、下手だと思う第二点として、戦争にもルールがあるということを理解しなかった。そして安倍さんは今でも理解していない。

集団的自衛権の行使が必要な理由として何度となく安倍さんが例に出したホルムズ海峡の機雷封鎖。たちの悪い与太話も、ここまで繰り返されると冗談では済まない。安倍さんが知らなくても戦争にはルールが有り、このケースは明らかにルール違反だ。

資源の確保を目的とした武力行使は国際法上、自衛とは看做されない。自衛じゃなきゃ何のかといえば侵略だ。世界の多くの人が「日本は石油のために侵略戦争を始める覚悟なのか」と呆れるだろう。無論、20世紀の歴史を顧みれば「またやる気か」という話になる。

ボケているとしか言いようが無い。
 
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2015年07月15日

暖簾に腕押し

夏景炎熱の候、日本の未来はいよいよ暗く、何とも残念な事に「わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があるとき」が何なのか、この期に及んでも分からない。

言葉の意味するところは理解出来るが、分からないのは、日本が攻撃されていない時にどうしてそんな事態になり得るのかだ。あり得ない前提に基づく安全保障論は、ゴジラの来襲に備えよと言うのと同じで、マトモな頭では到底理解が及ばない。

ひしひしと伝わるのは、自衛隊の活動範囲を際限なく拡げたいという安倍さんの個人的な希望ばかり。
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2015年06月26日

政治に何を期待するべきか、あるいはしないべきか

五輪担当大臣に遠藤利明さんが起用されたそうな。オリンピックに興味の無い非国民としては、この役職の存在意義自体が分からないのだが、当人の意気込みたるや、これまた惨憺たることになっている。

言うに事欠いて「メダル獲得に全力を挙げて取り組んでいきたい」と来た。

発想が古すぎる、というのはこの際置くとして、そもそもそれは政治がやることなのか。私たちが政治に求める役割とはメダルの獲得なのか。本当に良いのかそれで。そんなこと、と敢えて言うが、そんなことのために大臣を一人置くのか。そんなことに散財する余裕があるほど私たちの国は豊かだったか。

ちなみにオリンピック憲章には「オリンピックは国家間の競争ではない」と書かれている。どうせ遠藤さんは読んでいないだろう。
 
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2015年06月20日

国民の義務

世界中(*1)を呆然とさせた安倍さんの発言、ポツダム宣言を「つまびからに読んでいない」。洒落ではなく本当に安倍さんなら有り得るかも、と思わせるところが彼の凄さなんだけど、そこを褒めている場合じゃない。端的に言って私は日本国民として恥ずかしい。国辱、なんて言葉を敢えて使わせてもらうなら、これほどの国辱も無いと思うのだ。

管見の限りでは続報も無く、いまだに読んでいないのではなかろうか。

ポツダム宣言を読むのは日本の総理大臣の義務である。安倍さんが違うと言い張るのなら、憲法改正の際には条文に明記せねばなるまい。

そして、総理大臣にポツダム宣言を読ませるのは日本国民の義務である。全ての国会議員、並びに全てのメディア、その他誰でも良いが、あらゆる機会を逃さず「その後ポツダム宣言を読みましたか? そしてどうお考えですか?」と、彼が答えるまで何回でも何十回でも何百回でも問い続ける必要がある。それは義務である。


(*1) というのは言い過ぎで、世界の殆どは日本の事なんかに興味は無い.まあこれは言葉の綾という事で。

 
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2015年06月16日

思い返せば宮澤さん

世襲政治家の跋扈は今に始まった事ではない。昔だって少なくなかった。それでも、昭和の間、自民党は一度として世襲議員を総理にしなかった。そのことについて当時は深く考えなかったけど、今となってみれば「先人の知恵」だったのかな。

世襲政治家が初めて総理になったのは、平成に入ってすぐ、宮澤喜一さんの時だ。1991年だから、もう四半世紀の前のことになる。以来、世襲政治家以外で総理になった人は村山さん、菅さん、野田さんの3人しかいない。つまり自民党からの総理は一人残らず世襲だ。

歯止めが外れた途端、こうも一気に崩れてしまうものなのか。政治の劣化は前世紀から進行していたのだ。

劣化と共に、政治地図が無意味にややこしくなったという弊害もあろう。民主党の野田さんや前原さんあたり、あの人たちの考えは基本的に自民党と何ら変わらない。結局は、世襲じゃないので自民党に入っても「上に行けない」と分かっているのだろう。しかし、こうなると国民にとって政党とは何なのか。

宮澤さん自身は比較的バランスの取れた考え方をする人で、こう言って良ければ優秀な総理だったと思う。思うが、歴史を長い眼で見た時に、宮澤さんが優秀だった事は日本にとって不幸だった。

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2015年06月10日

壊れゆく人

あまりにもヒドイ、と思ったのは、この記事。

憲法学者の限界! アメリカが「世界の警察官」をやめた今、日本はどう生きるのかを考えるべき(*)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43645

現代ビジネスは、町田徹の記事が秀逸なので割と眼を通していて、高橋洋一の記事も時折視界に入ってくる。何の因縁か知らないがこの人は安倍政権の擁護に必死で、結論ありきの故に論理が破綻しているなあとは以前から思っていたが、今回ばかりは酷すぎる。いよいよこの人も壊れたか。文系だ理系だの以前に、大人としてどうなのかと思う。憲法の最高法規性は(安倍さんが知らなかったという)芦部信喜の憲法論でも「立憲主義」の最重要事項とされている。高橋さんには悪いが、これは基礎教養の範囲だ。理系だからそんな事は気にしないと開き直られては、世の理系の多くはさぞかし迷惑だろう。

国防のために立憲主義を捨てても良いというのなら、ワイマール共和国の末路と同じではないか。



*まあタイトルの通りの内容なので、はっきり言って読む価値ないです。
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2014年12月13日

明日は投票日

一足早く期日前投票を済ませた。非国民を名乗っていても実は国民なので私には参政権がある。主権者が主権を行使し得る限られた機会を逃してなるものか。

商売柄、日曜日が空く事はまず無いので、もうずっと前から期日前投票だ。選挙が近くなると「あ、今日暇だし行っとこう」という感じで出掛ける。今回なんかずいぶん遅い方だ。

昔に比べたら期日前投票の手続きはずっと簡単になった。というか、もはや「手続き」と呼ぶほどのものも無い。行きさえすれば五分と掛からない。それでも投票率がさして上がらないのがこの国の不思議。圧倒的に多数の議席を与党が持っている場合、棄権は限りなく信任と同義なのだが、その事をみんな分かっているのだろうか。投票しないという行為は、「何もかも今のままで良い」という積極的な意思表示に他ならない。

違うと思うのなら、明日こそ投票しよう。政治を変える手段はテロか革命か選挙ぐらいしかないのだから。
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2014年07月26日

日本国民である事が恥ずかしくなってきた

情けないやら腹立たしいやら、という段階では、残念ながらない。今はもう、ひたすら恥ずかしい。

一国の首相が立憲主義を理解しないというのは、そう簡単に実験出来るわけでもないが、なるほどこういう事になるのかと日々新鮮な驚きの連続。そして、当たり前だけど「あの人、頭悪いから、まあしょうがないよね」ではやはり済まないのだ。

村上誠一郎さんは「内閣が変わるたびに憲法解釈が変われば、法治国家が成り立たなくなる」と言ったが、全くもってその通りだと思う。別に村上さんを褒めるつもりは無い。こんな当然の事をはっきり言う国会議員が与党にただ一人しかいなかったという事実が衝撃的に恥ずかしい。
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2014年05月13日

日本の捕鯨はどうして嫌われるのか

最初に断っておくが、日本の捕鯨「だけ」が嫌われているわけではもちろん無い。日本の捕鯨を嫌う人は、殆どの場合ノルウェーの捕鯨もアイスランドの捕鯨も嫌っている。そうは言っても、その中で日本の捕鯨が特に嫌われていることは間違いない。

捕鯨を嫌う人の言い分にも色々あって、その全てが理にかなっているとは私も思わないが、日本の捕鯨が突出して嫌われていることには幾つかの明確な理由がある。それを確認しておくことは無駄ではないだろう。

まず第一に、学術調査の看板を掲げているから嫌われる。ノルウェーもアイスランドも明確に商業捕鯨を掲げていて、要するに彼らは食べるためにクジラを獲っている。アラスカなんかの伝統的な先住民捕鯨も、目的は食べるためだ。それでも駄目だと言う反捕鯨論者ももちろん多いが、それを別にしても日本の場合は「調査」の看板を掲げている点でさらに悪質だと看做される。どこの国にも本音とタテマエはあるし、それ自体を批判しても仕方ないけど、外交はあくまでもタテマエで動く。日本の捕鯨関係者はその認識が薄いんじゃないかな。さらに言えば、日本の捕鯨が本当に食べるためのものかどうかさえ実は怪しい。私自身は、ただの無駄な公共事業なんじゃないかと思っている。

次に、自国から遠く離れた海でクジラを獲るから嫌われる。ノルウェーもアイスランドも自国の沿岸でしか捕鯨を行っていない。この違いは結構大きいと思う。公海上の水産資源は大げさに言えば人類の共有財産だ。地球の反対側まで出掛けて行ってクジラを獲る行為を自国の「食文化」に繋げる言説は、いくらなんでも無理がある。これもついでだから言ってしまうと、「文化」やら「伝統」やらは、都合の良いように書き換えられてしまう場合が少なくない。要するに、いつの時代を基準にして「日本人の食文化」と呼ぶか、という問題なのだが、少なくともクジラが日本人の一般的な食材だったのは1950年代から60年代あたりの一時期だけだ。それまでは、ごく限られた地域の文化だったに過ぎない。安房の里見水軍、熊野の九鬼水軍、生月の松浦党と並べてみれば明らかなように、捕鯨が盛んだった所は大概が海賊の本拠地だ。日本列島の文化としてはレアケースであると言わざるを得ない。無論それもまた「日本人の文化」であることを私は否定しないし、こうした地域の沿岸捕鯨は出来れば残って欲しいと切に願うが、残念ながら日本近海のクジラはあらかた獲り尽くされてしまったので、かつてのような規模での捕鯨は存続不可能だろう。里見水軍の本拠地は内房の勝山というところで、昔は盛んに捕鯨が行われていた記録がある。この個体群は既に絶滅し、現在では内房に回遊してくる鯨はいない。

三番目に、これが最大の問題だと思うが、日本は水産資源の管理が全く出来ていないのに鯨を獲るから嫌われる。ノルウェーもアイスランドも厳格な資源管理の元で漁獲高制限を行っていて、かつ漁業は着実に利益を上げる成長産業となっている。ノルウェーなんか、敢えてEUに加盟しないことでEUよりも遥かに厳しい基準での資源管理を行っている。この水産資源管理という点に関して、はっきり言って日本は前歴が悪すぎる。クロマグロ、ニホンウナギは既に絶滅寸前だし、日本近海のイワシもアジもサバもニシンも完全な資源枯渇状態で、今すぐ禁漁にしても資源回復に何十年掛かるか分からない。カツオだって今のような獲り方をしていれば時間の問題だろう。そんな国が「調査捕鯨」なんて言っても信用されないのは当たり前だ。日本人を野放しにしたら最後の一頭までクジラを獲り尽くすんじゃないかと私でも心配になる。
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2014年04月19日

健忘の府

閣議決定された「エネルギー基本計画」があまりにも酷過ぎて、笑っている場合ではないんだけど、もう笑うしかない。福島の事故がまるで全く無かったかのような「計画」は、一体どこの国の話をしてるのかとさえ思う。

福島の事故の教訓から真剣に学べば原発の安全性は飛躍的に高まる。それは間違いないと私も思う。その場合にコストはどうなのかと言う話は当然あるけど。しかし今回の「計画」では、事故から何かを学んだとは思えない状態で原発を再開しようとしている。あれほどの大事故、しかもまだ進行中であり、日本人の意識を根底から変えてしまったに違いない事故を忘れ去って、ただ漫然と「以前の状態に戻す」ことに果たして意味があるのだろうか。

現実的に考えれば、もはや日本では新規の原発立地計画は無理なのだから、いずれ原発はゼロにならざるを得ない。安定供給も何も、それを前提にした計画以外にはあり得ないと思うのだが。あるいは、電力供給という話からは少し外れるが、原発以外に殆ど産業がないという町をこの先どうしてくのか、そっちを考えるべきだと思う。
 
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