2009年03月09日

マイノリティの悩み


私の知り合いに手旗信号が出来るという人がいる。なんでも、コドモの頃にボーイスカウトで覚えたらしい。彼は私の同業者でもあるが、20年近くこの仕事をやってきて、手旗信号が役に立ったことは一度もないという。理由は極めて簡単で、必要な場面で自分以外に手旗信号の出来る人に会ったことが一度もないから・・・だそうだ。

さもありなん。この話を聞いたとき、(私も含めて)その場にいた誰もが「凄いなあ」「便利そうだけどなあ」と口々に言ったが、「自分も手旗信号を覚えてみよう」という人はいなかった。

独りで知っていても役に立たないこと、というのが世の中にはある。
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2008年09月20日

地元に馴染めない私

駅のホームで電車を待っていたら、制服姿の女子高生が、何の気負いも無く、さも当然のように、ごく平静に、マックスコーヒーを飲んでいた。茶色の波が目印の250ml缶だ。

凄い土地に私は住んでいるのだなあ、と、改めて戦慄すら覚えた秋の夕暮れである。
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2008年03月13日

異形の山賊

日本列島の重層的な文化を考える時に、いつも思い出す顔がある。

鎌倉時代の末に描かれた『男衾三郎(おぶすまさぶろう)絵詞』の一節。東海道を行く武士の一行が遠江国高師山で山賊に襲われる場面に、ひとり金髪をなびかせて颯爽と走る異形の山賊が登場する。

便利な時代になったもので、東京国立博物館のデジタルアーカイブで閲覧出来る。金髪野郎を抜き出したのが、これ。
obusuma.jpg
右隣に描かれた髭面の山賊と比べると、その異形さがよく分かる。

一体こいつは何者なんだろう。ペルシャあたりからユーラシアステップを通って流れ着いた西洋人だろうか。それともインド経由か。大陸で食い詰めて流れてきたのか、何かヤバい事でもしでかして逃げてきたのか。異形の顔を唐突に突きつけたまま、絵詞は何も語っていない。

地元では有名な存在だったのかもしれない。それにしても、白人の特徴を的確に捉えた描写を見ると、全くの伝聞だけで描いたとも思われない。これを描いた絵師も、どこかで白人を目にしている筈だ。

この顔を眺めていると、あれやこれやと妄想が広がる。
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2007年06月29日

栃乃嵐號

世の中には無茶なことを思い付く人がいるもんだなあ。

白井内燃機工業製作、栃乃嵐號

思い付くだけでも凄いが、実際に創ってしまうところが、さらに素晴らしい。試運転の映像に腹を抱えて笑ってしまった。
これほど笑ったのは海上自衛隊のバカCM以来だ。

こういう何の役にも立たない愚行が許されるってことが、その社会の文化的な豊かさを表しているのだ。そう思うと、まだ日本も捨てたもんじゃない。
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2006年12月28日

中欧だったのか!

昨日の記事で私は「東欧の人たちは云々」と書いた。ところが、どうやら最近ではチェコ、ハンガリー、ポーランド辺りのことを中欧と呼ぶらしいのだ。

驚いた。
私が学校教育を受けた頃には「東欧」だったんだけどなあ。。。
勉強になったと言うか何と言うか、これも「歳がバレル」っていうネタの一つなんだろうか。

漠然とではあるが、カトリック圏を中欧(*1)、正教会圏を東欧と呼ぶらしい。
で、例えばルーマニアは正教会圏だから東欧になるんだけど、なんだか、しっくり来ないなあ。
私の中では、チェコやハンガリーとルーマニアって、結構近いイメージがあったのだ。急に違うといわれてもなあ。でもまあ、たしかにルーマニアはどちらかと言えばバルカンに近いか。
いや、行ったことは無いんで、音楽や文学から類推するだけなんだけど。


*1 チェコ語通訳T氏に教えてもらったのだが、今のチェコではカトリック教会の影響力は皆無で、カトリック圏とは言い難いそうだ。スロヴァキアでカトリックが完全に復権しているのとは大違い。2013.10.28追記
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2006年11月22日

ちょいと出かけた熱海の街で

日本人というのは本当に温泉が好きなのだなあ。熱海の街を見る度に、その思いを新たにする。

熱海は坂の街だ。それも並大抵の坂ではない。ほとんど断崖絶壁を這い上がる様にして街が広がっているのである。いくら日本が狭いからって、何だってまたこんな所にまで人が住んでいるのか。温泉が湧くからである。熱海の街そのものが、温泉に対する日本人の執念を建築的に具現している。

山道を運転していて道に迷った時など、よく温泉に行き当たる。これだけ立派な道が続いているのだから、どこかには出られるだろうと思っていると、しょぼい温泉がポツンとあって、そこで行き止まりだったりする。日本人は温泉さえあればどこまででも道を造るのかと、憤慨する以前に呆れてしまう。

私自身は、腰痛持ちのくせに、さして温泉に有り難みを感じない体質なのだ。風呂も、1年のうち360日はシャワーで十分である。呆れてしまうのは、そんな私の体質のせいでもある。それほどまでに人を惹き付ける何が温泉にあるのだろうか?

熱海に行く度に「そこまでやるか」と思わずにはいられないのだ。
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2006年09月28日

そんなに歌が好きなのか

私の住む県には県歌(県民歌)、市には市歌がある。

どんな歌かは知らない。
歌ったことはおろか、聞いたこともない。
実を言えば、そんな歌が存在することすら、今日まで知らなかった。
どうせあるんだろうな、と思って調べてみたら、やっぱりあったのだ。
何故だろう?

いまの街に住んで、もう5年ほどになる。
その間、県歌や市歌に接する機会は一度も無かった。
一体全体、いつ、どういう場面で、誰が歌うのだろうか。

私はとある県立高校の出身だが、そこで県歌を聞いた記憶は無い。
その前は市立中学校に通っていたが、そこで市歌を聞いたことも無い様に思う。

そもそも、どうして特定の歌を決めておく必要があるのだろう。
無いと困るものなんだろうか。

ところであなたは、自分の住む県の県歌を歌えますか?
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2006年09月13日

アラブの王様は大変だ

サウジアラビアの王家は兄弟相続が基本だ。
王位を継ぐのは初代国王アブドゥルアジーズ・イブン=サウード直系の男子に限るとされている。1953年に彼が死んで以降、36人とも50人とも言われる息子たちの間で、代々王位が継承されてきた。
今の国王も皇太子も、初代国王の息子である。だから、サウジ王家は、いまだ第二世代なのである。
 
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posted by 非国民 at 01:26| Comment(4) | TrackBack(0) | 歴史と文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月09日

「双系制」という文化

ジャワ人には「姓(苗字)」が無い。「名」すなわち個人名だけである。ちょっと意外な感じがするが、そんなに珍しいことではない。ジャワ人に限らず、インドネシアの多くの民族がそうだし、マレーシアやビルマでもそうだ。
 
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posted by 非国民 at 23:59| Comment(4) | TrackBack(2) | 歴史と文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする